河野 アミ 河野 アミ 64ヶ月前

草木をめぐる仕事〈第5回・前編〉佐々木俊成さん──自然栽培農家「SASAKI SEEDS」



草や木、花や果実。植物といういのちと日々向き合い、親密な時間を共にする人々に話を聞くインタビュー連載『草木をめぐる仕事』。第5回は、長野ぶどう発祥の地としても知られるぶどうの郷、信州・松本の里山辺で、パートナーの貴美子さんと共に自然栽培農家「SASAKI SEEDS」を営む、佐々木俊成さんにお話をうかがっています。

筆者が SASAKI SEEDS を知ったのは、SNSのインスタグラムでした。夏のある日、フォローしていた松本市の書店が、「SASAKI SEEDSの野菜が入りましたよ」と写真をアップ。「本屋に野菜?」「FARMでなくSEEDS?」と、たくさんの「?」が湧くと同時に、パッケージに描かれていたタネをモチーフにしたロゴが印象的だったのも相まって、どんな人が野菜を作っているのだろうと興味を持ったのがきっかけでした。

佐々木さんが作っているのは、固定種や在来種と呼ばれる伝統野菜です。タネは自家採種し、栽培方法は農薬も肥料も使わない自然栽培。そんな、ある意味ストイックな農法と、パッケージや名刺に描かれているモダンなロゴが融け合う SASAKI SEEDS の信条は、おいしい野菜作りはもちろん、「子どもたちに、かっこいいと思ってもらえる農家」です。

農作物は食べものであると同時に、農家にとっては手塩にかけて育てあげた大切な作品。モノ作りの面白さや、自分の作ったもので誰かが喜んでくれることのうれしさをも伝えることで、佐々木さんは、農という仕事のイメージ自体をアップグレードしていきたいと考えているようです。

田舎暮らしや農的生活といったライフスタイルを支持する若い世代は、主流ではなくとも、確実に増えています。「農業って、かっこいい!」と、そんな言葉があたりまえに聞かれる未来は、案外そう遠くないのかもしれません。

(取材日:2018年8月25日 文&写真=河野アミ)

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※インタビュー中の用語
F1種
現在流通している野菜の多くは、F1種と呼ばれる交配種から作られたもの(F1は"first filial hybrid"の略。直訳すると一代雑種)。

たとえば、ナスやトマトは自分の雄しべの花粉で受粉するので、その結果、親の世代と同じ形質を持つナスやトマトができますが、遠い系統の品種や違う野菜と交配させると、両親の遺伝特性が混ざり合ったナスやトマトができます。

そのように人為的に交配を制御することで、野菜の生長が早くなる、形が揃う、収穫量が増えるなど、作り手が意図する性質を持たせることができます。但し、意図する性質が現れるのは交配させた1代目のみ。2代目からは1代目では現れなかった遺伝特性が現れるため、F1種は「1代かぎり」が基本です。


固定種、在来種 
固定種と呼ばれる野菜は、もっとも良くできた野菜を選んでタネを採り、そのタネで育てた野菜からもっとも良くできたものを選んでタネを採り・・・ということを何代も繰り返すことで、品種がゆっくりと改良されてきたもの。在来種は固定種の一つで、育った土地の気候や風土に適応しているものを呼びます。

何代にもわたって選び抜かれることによって遺伝的に安定しており、肥料や農薬に頼りすぎずに栽培できると言われます。肥料や農薬を使わない自然栽培では、基本的に固定種や在来種が栽培されます。

連作
同じ耕地で、同じ種類の作物を毎年続けて栽培すること。


 

固定種、在来種の野菜は、とにかくおいしい!


──前回お会いした時に、「なぜ固定種、在来種なんですか?」とうかがったら、佐々木さんは「おいしいからです」と即答されました。もともと食べることが好きですか?

大好きです(笑)。特に野菜が大好きで。以前からホームセンターで買ったタネや苗で、家庭菜園のようなことはやってたんです。その時は単に、無農薬で有機というだけでしたけど、固定種や在来種のタネで作った野菜を食べたら、本当においしくて。

──それが農業を始めるきっかけですか?

いえ、食べたのは自分で作り始めてからなので。

──食べる前に作り始めたんですか!?

はい(笑)。ラジオで野口勲さん(註:固定種、在来種のタネを扱う野口種苗の経営者)が、F1というのはこういう作り方をしていて、現代では固定種がF1種に席巻されて、タネを採る人たちがどんどんいなくなってきている、三浦大根も今はF1のものしかないと言っていて、それはもったいないと思ったんです。

そしてなによりも「おいしい」と言っていたので、じゃあ作ってみようと。すぐに野口さんのお店からタネを取り寄せて、その後、自然栽培というものを知って、家の前の土地が空いていたので地主さんに借りて、そのシーズンから作り始めたんです。

──すごい行動力です。

本当にできるのか!?と思いましたよ。自然栽培というのは肥料を使わない、肥料を使わずに野菜を育てるなんて・・・と。でも、自然栽培の本を読むと、どの本にもそう書かれているし、まずはやってみるかと。

それで育てて食べてみたら、ものすごくおいしくて。有機栽培で作るF1種の野菜と比べても、明らかにおいしかったんですね。じゃあもっとおいしいものを作りたい、良く育ったもののタネを採って植え付ければ、もっといいものができるんじゃないか・・・というのを毎年くり返して、今年で6年です。





──固定種や在来種は、なぜそんなにおいしいんでしょうか?

おいしさを求めて作られているからだと思います。もちろんF1種もおいしさを考えて作られていると思いますが、それ以前に、収量が多い、病気に耐性がある、揃いが良くて梱包しやすい、皮が硬くて運搬に向いている、というようなことを第一に改良されてきているので、おいしさが二の次になっている可能性はありますね。

──佐々木さんは、そういった扱いやすさよりも、おいしさを選んだ。

そうですね。固定種や在来種はF1種に比べると、生育のスピードも形も不揃いですけど、トマトを食べてもキュウリを食べても、「なんだ!?」と驚くくらい、おいしい。味わいに深みや奥行きがあるというか。それが僕にとっては一番の魅力なんです。


 

自然栽培では、土中の微生物にも気を配る


──畑は、ご自宅前を含めて3カ所。合わせてどのくらいの広さですか?

4反、4000平米です。

──4000平米というと、東京ドームの1/3くらいですね。

本当はもっと欲しいんですけど、今のところ多品種を少しずつ作っているので、いろいろな作業を並行してやるには、これ以上広いと手に負えなくなってしまうんです。

──何種類を作ってますか?

だいたい40品種です。固定種や在来種のなかで、自然栽培や松本の気候に適していて、僕の作り方にも合っていて、おいしい野菜を選んでます。



──自然栽培では、野菜に与えるのは水だけですか?

そうです。今年の夏のようにあまりに暑いと、水はやっぱりあげますね。

──自然栽培では、土を一切耕さない不耕起という方法もありますが、佐々木さんは?

耕してます。僕は生育を良くするために、マルチというビニールをかけるんですが、マルチをかけるには、耕して、成形しなきゃいけないんです。それでも、できるだけ耕さないようにはしてます。

土を耕すと、土のなかの微生物の環境をこねくりまわすことになるので、微生物にとっては自分の家を壊されるようなものなんですね。土のなかに空気が入って環境が活性化する一面もありますが、できるだけ微生物環境を壊したくないので、最小限です。

──病気はどうですか?

ゼロではありませんが、少ないです。

──自然児の強さ?

たぶん、連作してるってこともあると思います。


 

連作によって土が良くなり、野菜も丈夫に育つ


──慣行農法では、ある種の野菜については、連作は病気のもとになるから避けたほうがいいと言われます。連作することで病気になりづらいのは、どういう理由からでしょう?

まず、それまでなにも育てていなかったところに植物を植えると、タネや苗と一緒に病害虫が持ち込まれて、畑のなかで増殖して野菜に感染するようです。

ほかにも、土のなかの微生物環境が崩れるらしいんですね。植物自体が老廃物を出すことで、土のなかのバランスが変わってしまう。その場所にまた同じものを植えるとさらに老廃物が溜まり、3~4年目がもっとも老廃物が溜まった状態になるそうです。この期間は病気にもかかりやすい。

ところが、だいたい3年を目安に、また徐々にバランスが整っていく。発病衰退現象というのがあるらしくて、3年、4年と経つと、土が復活してきて、病気にかかりづらくなるんですよ。

──数年をかけて、土中の環境が、そこで育つ植物の存在も含めた新しいバランスに変わるんですね。

微生物の多様性が変わってくるんでしょうね。植物自体も住みやすい環境になるらしいです。僕が最初に借りた畑はもともと田んぼだったんですが、6年ほど放置されていたせいか、自然の力によって畑の野菜が育ちやすい土に変わっていたんです。

おかげで、最初から病気にもかからずになんでもできましたし、作り始めて今年で6年目なので、少なくとも12年間は堆肥も入れずに、吸水性や排水性に富んだ、ふかふかの、とてもいい状態を保ってます。

──もちろん、連作をしながら。

そうです。

──肥料を使うと、そうはいかないわけですね?

微生物が分解しきれないものが、つねに土のなかに存在していることになるので。人間の身体も食べ過ぎたものが腸に溜まると、いろいろと問題が起きてきますよね。それと同じだと思います。

──微生物が分解できなければ、たとえ有機肥料であっても、土にとっては過剰な存在となる。

だから、土に残留しない、植物が欲しい分の肥料を適切に与えられる人が本物のプロだと言う人もいます。植物の状態や天候から、この植物だったらこのくらい吸い上げそうだな、と。

でも、そのコントロールはなかなか難しいと思うんですよね。与えすぎれば土のなかのバランスが崩れるだけでなく、大気を汚染したり、川から海に流れ込んで植物性プランクトンを増やしたり、野菜が吸い上げた窒素分が食べる人の健康に影響を与える・・・という話もあります。

──いろいろなところで均衡が崩れる。

ですので、肥料を使わずにおいしいものが作れるなら、使わないに越したことはないなと。

──虫のほうはどうですか? アブラムシとか。

アブラムシには今も悩まされてます。

──どうしてますか?

小さい苗のうちだとやっぱり弱いんですよ。アブラムシが植物の養分を吸ってしまうので、葉が萎縮してダメになってしまう。大きくなると植物が自分を守るための力を出すようになるので大丈夫なんですが、それまでは、葉を一枚一枚ブラッシングして、虫を落としてあげます。僕は、木酢液なども一切使っていないので。


 

子どもたちの「おいしい」が、一番うれしい


──そういうお話を聞くと、「やっぱり農業は大変そう」と思う人も少なくないと思いますが、会社員も経験してきた佐々木さんから見て、農業はやはり大変ですか?

大変です(笑)。自分の都合ではなく野菜のペースに合わせなくちゃいけないですし、野菜は単価が安く、保存も利かないので。

──特に固定種や在来種での自然栽培は、生産性や効率の優先順位があまり高くなさそうですし。

自然栽培をやっている人は、環境や健康、タネを通しての命の継続性ということまで考えている人ばかりなので、大変なのはもう、大前提ですね。野菜作りが好きか、そこに楽しみを見つけられる人しか農業はできないと思います。ただ、農業もAI化が始まっているので、農業全体としてみれば、作業的には楽になっていくのかもしれません。

──農業のAI化は、たとえばどんなところに?

無人の田植機の実用化は時間の問題だと思いますし、散水や、ハウスの温度管理をAIに任せるというようなことですね。F1種や遺伝子組み換え野菜などは、AI技術と相性がいいんです。

たとえば、雑草を全滅させる除草剤に耐性を持つ野菜を遺伝子組み換えで作って、AI技術で管理すれば、いろいろな手間が省けます。科学者のなかにはデータ的な観点から、「働かなくても稼げるようになる」とまで言う人もいるくらいです。農家は、そんなことはないと言うでしょうけど。

──農作業が楽になるのは良いことだと思いますが、複雑な気持ちを抱かれている農家の方もおられるのでしょうね。佐々木さんにとって、農業の楽しみはなんですか?

それはやっぱり、「おいしい」と言ってもらえることです。特に子どもたちがおいしいと言ってくれることが一番うれしいんですよ。固定種、在来種は味が濃いので、なかには驚いたり、慣れなかったりする子もいますけど、子どもはすぐに反応が返ってくるので楽しいです。

僕の場合は、毎年毎年、自分でタネを採って、蒔いて、苗を起こして、定植して、収穫して、そのなかから良いタネを採って・・・というのをくり返しているので、野菜の生育をずっと見てるじゃないですか。もう、自分の子どもみたいなもの。それをおいしいと言ってもらえるのは、本当にうれしいです。

▶▶後編はこちら



■お話をうかがった人

佐々木俊成 SASAKI TOSHINARI

信州、松本の里山辺にて、固定種や在来種の野菜を栽培する「SASAKI SEEDS」を営む。SASAKI SEEDSの野菜は自家採種したタネから育てられ、栽培方法は、無農薬、無肥料の自然栽培。パートナーの貴美子さんが販売を担当し、二人三脚でおいしい野菜を育て、届けている。

ホームページ https://sasaki-seeds.com
Instagram https://www.instagram.com/sasaki_seeds/
      https://www.instagram.com/sasakiseeds_in_the_farm/
Facebook https://www.facebook.com/sasakiseeds/



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この記事のライター

河野 アミ
河野 アミ

河野アミ 編集者&ライター。 東京と安曇野を行ったり来たりしながら、ミュージシャンのインタビューから人々の暮らしにまつわるあれこれまで、幅広く聞いたり書いたり作ったりしています。企画編集した主な本は、サンプラザ中野くん「125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」(ファミマドットコム)、関由香「ふてやすみ」(玄光社)、美奈子アルケトビ「Life in the Desert 砂漠に棲む」(玄光社)、高嶋綾也「Peaceful Cuisine ベジタリアン・レシピブック」(玄光社)など。

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