石井 奈緒 石井 奈緒 16ヶ月前

夏蔦コラム 『花の記憶』 第七回 - -ぼんぼりの山- -

こんにちは、夏蔦の石井と申します。
こちらで二年半ほど前よりコラムを書かせていただいています。
読み返した時に、自分が恥ずかしくなる様子が目に浮かびますが、どうぞ笑って許してください。

四季の移ろいとともに思い出す花や草木の記憶。引き出しに入れていたまま忘れていた宝物のような記憶を辿り、季節の折々に記していきたいと思います。

ーーーーーーぼんぼりの山ーーーーーー


「また生きて会おうね。元気でおってよ」と連絡がきたのは、3歳になったばかりの娘と7か月の息子を連れて、レンゲ畑に散歩に行こうと、マスクやミルクを準備をしていたときでした。

今では、年賀状のやり取りくらいのお付き合いになっていた旧友からでした。

彼女とは、それこそ山の子猿たちのように野山海川を駆け回り、いつも赤黒く日焼けした仲でした。ご両親にもとても良くしてもらいましたが、ふたりとも故郷を離れているので、顔を合わせる機会もなくなっています。

外出ができなくなった今、小学校教諭である彼女は、自分が小学生だったら、コロナの時代にどのように日々を過ごしただろかと考えたそうです。

私達はいつも自然がいっぱいの野山が遊び場だったので、山で人に出くわすことは全くと言って良いほどありませんでした。
今を生きる小学生であったならば、私はきっと変わらず、ひとり春の花を探しに小道や山へ出たのだろうと思います。

「ほーほけきょ」の声が気持ちよく響き、お家の庭にいても山で会話する鶯たちの声がずっと聞こえるこの季節。花見ができる月見山という名の山が、私の春の特別な遊び場でした。

見た目に月見山は近いのだけれど、遠回りしてグルグルと道が続くので、私のテリトリーではありません。けれど、桜の時期には町中の人が花見を楽しみ、そこに住む誰もが懐かしく思い出のある山でした。

晩方になり家の庭から月見山を見上げると、山の切れ目が少しだけ朱色にひかります。ぼんぼりの灯りがみえるのです。
この時期だけの特別な灯り。

私の住む町、とりわけ私の暮らす家の周りには街灯が少なくて、月明かりが弱いととんでもなく暗いのです。
民家も少なく外は黒に近い暗さになります。その黒に朱色の灯りは心にあたたかく、花見を楽しむ様子が目に浮かびます。

町内会のお花見では、桜の下でお酒を酌み交わしごきげんに酔っ払う父達、なにかを議論しあう難しい顔をした祖父達、そんな大人たちの脇で飽きた私たちは山の中に広がるアスレチックに移動するのでした。みんなで遊びまわり、喉が乾くとまた花見に戻り、ジュースをその場で一気飲みしながら、ポケットに入るだけのお菓子をかっさらって、また遊びまわるのでした。

桜が咲き終わるまで、私は時々一人で月見山に登り、舗装された道路ではなく山の中から知らない道を開拓して我が家へ帰るという探検をしていました。

薄紫のすみれや、黄色いキンポウゲが咲き、生き生きとした下草が茂る山はとても嬉しいものでした。
山が一気に呼吸をはじめるかのように、やわらかい草たちの緑色で溢れます。とんでもなく気持ちが良いのです。肌に当たっても痛くない草たちの触感。

いつもは来ない場所なので、時には初めて見る花が咲いています。
新種ではありませんが、私にとっては新種発見なのでした。
摘み取るとティッシュに包み、持参したノートに頁の間にそっと挟みます。

気に入った花を摘みながら獣道を一人でくだっていくと、やがて遠くに人が見えて、ようやく誰の畑でどの場所なのか分かります。
探検家はホッとしながらいつもの道へ辿り着き、家の門をくぐるのでした。

子どもの頃、宿題さえすれば無限にあった自由な時間、約束は晩までに帰ることだけで、何をやるかも、どこに行くかも自由でした。
一人獣道をおりながら、絶対に帰れるという安心感の中で感じる探検気分のドキドキは、もう味わうことのできないものです。

都会に住む大人やこどもたちも、ご近所を散歩する時、目を凝らすと見つけられる草木に、少しでも気持ちを穏やかにしてもらえたらと思います。

人も名前や生い立ちを知ると親近感が湧くように、目に入った雑草や花の名前をまずは調べてみると、何だか愛を感じはじめる。そして、更に知りたくなる。

今、遠くへ行くことは出来ませんが、忘れてしまっていた雑草と一括りにされる身近な草花たちの名前を子どもと一緒に愉しみながら調べはじめています。


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この記事のライター

石井 奈緒
石井 奈緒

1985年生まれ。高知県香南市出身。
関東在住。
実家は農家で自然豊かな環境で育つ。
東京を拠点に活動、草花を通じて琴線にふれるような、いとおしくなる、そんな花束を喜んでもらえたらと全国へお届け中。
実店舗を持たない花店「夏蔦」の店主。

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