川崎 景介 川崎 景介 30ヶ月前

考花学のすすめ Vol.17 貝原益軒 花博士、ヒマワリに物申す



ヒマワリの咲き誇る花畑は壮観の一言に尽きます。アステカ人が太陽に見立てた花、太陽王ルイ14世の好んだ花といったふうにヒマワリは何かと太陽と結びつき、見る者の心を明るくしてくれる花。

しかし、珍しいこともあるもので、そのヒマワリに物申した花の専門家がいたというのが今回のお話。

 80余年にわたる人生において60部以上もの書物を記した儒学者にして本草学者でもあった貝原益軒(かいばらえきん)。

著書のジャンルは植物にまつわるものはもちろん、紀行文や人生訓など多岐にわたり、まさしく江戸時代を代表する知識人であったと言えるでしょう。

福岡藩士の子として生を受けた益軒は生来の勉強好きな性分が高じて藩医となり、薬学を研究するうちに植物に魅せられていきます。『大和本草(やまとほんぞう)』、『花譜』など後世に大きな影響を与えた本草書を著したことで知られています。

 その益軒こそ、異国からやってきた大きな花、ヒマワリに対して複雑な思いを抱いた張本人です。益軒は著書の『大和本草』でこの花を初めて「日マワリ」と呼んだ人。しかし、同時に「最も下品なり」とも言っているのです。

もちろん太陽を追って花の角度を変えるという性質があると信じられたことから、この花を「日マワリ」と呼んだのですが、もしかすると太陽を追う花の姿に卑屈な態度を見出し「下品なり」と感じたのかもしれません。

 著著の『大和俗訓(やまとぞっくん)』に「高いところへ登るにはまず麓(ふもと)から、遠くに行くには必ず近いところから、これが何かをはじめるための理(ことわり)である」という意味のことを書いた益軒。

わかりやすく物事を解説することを信条とした花博士のヒマワリに対する気持ちもどこかストレートでわかりやすいものです。

[語る人]川崎景介 Keisuke Kawasaki [ http://www.mamifds.co.jp

花文化研究者。マミフラワーデザインスクール校長。米国アイオワ州グレイスランド大学にて史学を専攻し卒業。フラワーデザイナーの養成機関等で教鞭をとり、スクールでは考花学のクラスを持つ。執筆活動や全国での講演活動に従事するかたわら、日本のみならず世界各国の花文化を独自の視点で研究し、フローラルアートの啓蒙に努めている。日本民族藝術学会員。

イラスト/高橋ユミ
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川崎 景介
川崎 景介

花文化研究者。マミフラワーデザインスクール校長。米国アイオワ州グレイスランド大学にて史学を専攻し卒業。フラワーデザイナーの養成機関等で教鞭をとり、スクールでは考花学のクラスを持つ。執筆活動や全国での講演活動に従事するかたわら、日本のみならず世界各国の花文化を独自の視点で研究し、フローラルアートの啓蒙に努めている。日本民族藝術学会員。

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