内田 祐介 内田 祐介 2018/04/01

桜を愛でる

こんにちは、今日も花見の内田です。

桜の花見が庶民に定着したのは江戸時代ですが
「花は桜」と定着したのは平安時代で、
奈良時代までは梅が花の主役だったそうです。
タネまきはソメイヨシノの花が散るころに、なんて言いますが
昔の人は桜の花を農作業の目安にしていました。
カレンダーなんてありませんでしたからね。

普段、植物にあまり関心がない方も桜の花を愛でます。
なのに、とても自然なことのように感じます。
日本人のDNAには「桜に親しむ心」が受け継がれている
とはよく聞く話であり
ひしひしとそう感じるのです。 



仙厳園(鹿児島県)の元旦桜

宴会だあ~って、そちらを楽しみにしておられる方も多いかと思いますが。
いずれにしても、これほどの人を集め、美しい花で魅了し
わくわくさせたり、切ない気持ちにさせたり
日本人の心に訴えかける花はありません。

 

ご当地の桜に、会いに行こう

全国各地にあるご当地の桜。
1000本の桜にも負けない有名な一本桜から
観光雑誌に載らない、地元でひっそりと愛されている桜などなど。
ご当地桜は、いわれを知るのもまた、楽しみのひとつです。

桜ファンの私は毎年2月から4月いっぱいまで、各地の名桜をまわりますが、
桜探訪でとにかく欠かせないのが細かな計画。
種類や地域により、花の時期が異なるからです。

あっという間に満開となり散ってしまう桜は第一優先。
河津桜など、長く咲いている桜は余裕のある日に・・という塩梅に。
素敵な桜に出会ってしまうと、また来年も見たくなるもので
こうして毎年見たい本数が増えてしまうのが悩ましいところ。


一心行の大桜(熊本県南阿蘇村)



九州を代表する一本桜。
樹齢400年~の壮大なヤマザクラです。
1580年島津氏との戦いで戦火に散った武将、中村(峯)氏の菩提樹です。
残された妻子と少数の家臣がこの地へ戻り、桜の木を植えました。
一族の御霊を弔うため、一心に行をおさめたということで
「一心行」の名がついたとされています。
開花シーズンには、20万人もの花見客が訪れるとも。


南明寺のイトザクラ(山口県萩市) 



樹齢350年~。
江戸時代から萩の人々に親しまれてきました。
散っちゃ~行っちゃ~見ちゃ~って。
咲いちゃ~行っちゃ~見ちゃ~ない。

これは萩の難しい方言ですが
つまり「そろそろ咲いたかなと行ってみれば散っている」ということ。
花期が短く、満開を楽しむことが難しい一本。
とにかく数日間が勝負の桜です。

ほんの数日前「咲き始め」の情報を得ていたので急行しました。
それが、丁度満開に!いや散り始めている。。
寒い日が続いていたので助かりました。 



建物が飲み込まれそうなほどダイナミックな木ですが
それでいて、花は2~3㎝の小輪花。
愛らしい淡桃色~白色、可憐でつつましい桜♪
嫌なこともさっぱり忘れさせてくれます。
花をみて癒されるとは、このことですね。



志都岐山神社のミドリヨシノ(山口県萩市)



ミドリヨシノは県指定天然記念物です。
ソメイヨシノに似て、萼が緑色ということで
ミドリヨシノと名付けられました。
毛利のお殿様(7代藩主)が参勤交代の折に
いずこから持ち帰ったとものとされていますが
その原木などは発見されておらず
萩市にしか現存しない貴重な桜となっています。
殿! どこから持ち帰ったのでございますか!?
すごくお聞きしたい。 



毎年、ソメイヨシノよりも早く開花しますが
今年はかなり遅れていて、ソメイヨシノと重なりました
遠目からは、梨の花のようにもみえる 混じりっけなしの純白花♪
萼はライムグリーンで一層、清楚な感じがします。

桜の季節になると日本人に生まれてきてよかったと感じます。
桜を愛でるDNAのなせる業ですね、これは。



おまけ



ソメイヨシノ
ちょっぴりセクシーなヨシノさん!
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この記事のライター

内田 祐介
内田 祐介

下関市園芸センター(市営植物公園)主任。
幼い頃より何故か植物を育てていた。そして気がついたら植物公園に勤めていた。職場では、園内植物の展示栽培、種の保存、園芸相談などを務めるほか、テレビ出演や講演会も多数。NHK趣味の園芸など、園芸雑誌への執筆活動も行う。森林インストラクター。趣味は野草の自生地探訪。好きな言葉は、まじめに遊ぶ。

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