ドイツフロリストマイスターに学ぶ「花の造形」レッスン 14 植物造形の テーマ
フロリストマイスターが教える 花の造形理論 第14回
花のプロフェッショナル=フロリストの仕事は、商品や作品の「造形材料」である植物をいかに魅力的に見せ、植物が持つ生命力やその表情を感じてもらえるようにするかにあります。
造形する側であるフロリストは、自分が扱う造形材料について熟知しているべきです。
それでも私たちと同じ、いえ、それ以前から存在する植物を知ることは、短期間でできるものではありません。
毎日の生活の中で、また仕事の最中にふと目をやった自然の風景から……。
私たちが生きている時間のすべてを使い、少しずつ知識を増やしていくものです。
フロリストは植物をどのように見て、何を感じ取るべきなのか。
お客さまの要望や自分のテーマにあった造形をするために、どのような知識が必要なのか。
まだ歴史の浅い花の造形の理論を、ドイツフロリストマイスターとして紹介する連載です。
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フロリストマイスターが教える 花の造形理論
第14回 テーマを持った造形に日々取り組む
私たちフロリストは、自然界においてすでに完成された生物である植物を使って造形をします。
ただやみくもに植物を組み立てることは、植物を尊重するという意味でも、造形そのものについてもやるべきではありません。
造形には作品に対して制作者が持つべき制作意図があります。
それを作品のテーマと呼ぶのか、お客様の希望なのか、明日の来客のための玄関の花生けのアイデアなのか……。
作品や商品の制作を進めていく際には、「何のためにどんな表現で」というあらかじめ用意された、または制作途中で確定される完成への目的、ゴールが必要です。これが「植物造形のテーマ」です。
テーマは、制作者が自由に設定する場合と他者から与えられる場合があります。
フロリストの仕事のほとんどは、テーマが事前に与えられています。
イベント装花なら、飾る場所、催しの内容や雰囲気、集う人々の性別、年齢、ステータスなど。
店頭注文では、例えば60代のお母さんに贈るアレンジメントの場合なら、どんな雰囲気の女性なのか、住まいの様子、好きな花、色合いなど、可能な限りの情報を聞き出し、瞬時に総合的なテーマを決め、そのテーマを達成するための花材を選び、お客様に満足していただく。フロリストにとっては毎日がテーマを持った造形の連続です。
作品のテーマを自身で決める際には、以下の例がポイントとして挙げられます。
●自然の様子を観察し、花や植物の印象や特徴をテーマとする
→「春の朝」「ラナンキュラスのかわいらしさ」「チューリップのしなやかな動き」など
●植物以外の材料を観察してテーマとする。
→「上品で高貴な器」「繊細で女性的なリボン」など。
●経験や感情をテーマとする。
→「楽しさ」「優雅さ」「懐かしさ」など。
●季節や季節感をテーマとする。
→「初春」「立春」「春分」「初夏」など。
テーマには、無限の選択肢があります。
作例1
テーマ:立春コンセプト:冬の寒さ
暦の上では春を告げる立春。その言葉が持つイメージの中でも、まだ寒さが厳しい時期であることから「冬の寒さ」をクローズアップしてアレンジメントを制作した。色みはグレーがかり、艶がなくがさついた質感を持つ材料を集め、明確なグルーピングによってメリハリをつけ、冬への思いを込めた。その中に春の代表花、チューリップや新芽のついた枝を合わせ、近づく春への期待も表現している。
作例1のテーマを表現するために選んだ花材とその役割
◎トチ 硬くまっすぐに枝を伸ばし、葉も色もなく、寒風に耐えているイメージ。
◎サイプレス(実付き) 寒い冬のグレーを象徴的に表す材料。生気のない色合いを選択している。
◎チューリップ‘アリビ’ 春の花として選んでいるが、表現としては寒さの中で幻影として見える春を表現。
◎クロモジ 寒々しい裸の細い枝が色もなく揺れているイメージ。
◎マツ アドベントから新年までの、冬の代表としての材料。葉の艶やかさや線が冷たさを強調。
◎カヤ 秋の紅葉から冬枯れた葉の残像として使用。
イメージからコンセプトを絞り込む
自由にテーマを決めるときでも、事前に決まっている場合でも、制作の際に必要なのはテーマに関する情報を集めることです。まずはテーマに関して、思いつく限りのキーワードを挙げていきます。
例えば「雪解け」をテーマとした場合、寒い、氷、明るい、太陽、水、緩む、鮮やか、新しい、地面、輝く……というように、第一印象からくるイメージや単語を挙げます。
次に、これらを造形表現のイメージへと推し進めます。寒い→白・グレー、氷→艶のある質感、明るい→白を混ぜたパステルカラー、太陽→春の花、水・緩む→柔らかな線・色・質感、鮮やか→新芽・光……という具合です。
設定したテーマにはどのような花材が適しているのか、アレンジメントなのか花束なのか、どのようなアウトラインを持たせればよいのか、シンメトリーかアシンメトリーか……。
イメージを総体的に捉えていけば、作品の雰囲気や方向性は見えてきます。
考察したイメージからはたくさんの道筋が現れますが、すべてを同じ強さで表現しようとすると、ありきたりで、つまらないものに仕上がりがちです。
そこで、一つのキーワードを「コンセプト」とし、採用するイメージ要素の中でも特に強く、目立つように取り上げ、テーマを明確に表現するためのたった一つの道筋とすることが必要となります。
作品の仕上げのチェックポイントとしてこだわるべき点は、一つに絞った「コンセプト」が表れているかどうかです。
作例2
テーマ:雪解けコンセプト:鮮やかさ
雪解けのイメージを、「水が緩んだところに午前中の暖かな日差しが差し込み、鮮やかに輝く」というコンセプトで表現した花束。材料は彩度が高く、艶のある質感を持つものを合わせ、光が反射しキラキラと光る印象を作り出している。白が混ざったパステル系の色みで揃えたラナンキュラスとヒヤシンスで春のイメージを強く打ち出した。高低差をつけて束ね、空間をとることで透明感を表現。
作例2のテーマを表現するために選んだ花材とその役割
◎ラナンキュラス この花束の主役。フレッシュな印象を持つ淡い色を選択。
◎ヒヤシンス 見るだけで香りが感じられる材料。小ぶりで少し淡い春の黄色を選択。
◎ヤドリギ 冬の材料。温かみのある枝と透明感を持つ実がヒヤシンスを引き立てる。
◎カレックス 緑と茶が混ざり季節の変り目を表す。長く柔らかい曲線が透明感を引き出す。
◎ワックスフラワー 丸く小さな花の集合が生長を表現。艶のある質感が春の光の鮮やかさを象徴。
◎グンバイナズナ なめらかな質感が春のイメージ。フレッシュさを色と動きで表す。
◎トキワマンサク ほかの明るい色の材料とのコントラストをつける、冬の材料。
◎セイヨウユキノシタ(葉) 冬には赤黒い色に。光沢のある質感が鮮やかさを表す。花束の底辺をカバーする役割。
◎アカシア 柔らかで温かみのある質感が春のイメージを表現。
◎クリスマスローズ(葉) 強い葉のフォルムが冬のイメージ。花束の底辺をカバー。
◎マツ 硬いイメージの材料と柔らかいものの橋渡しをする冬の材料。
◎フェイジョア(葉) 丸い形とフレッシュな色合いが春の明るさを表す。
今回のまとめ
植物造形のテーマとは?・「何のためにどんな表現で」というあらかじめ用意された、または制作途中で確定される完成への目的、ゴール。
・テーマは、制作者が自由に設定する場合と他者から与えられる場合がある。
・制作前にテーマに関する情報を集めることが大切。関連するキーワードを挙げ、造形表現のイメージにつなげる。
・一つのキーワードを「コンセプト」とし、採用するイメージ要素の中でも特に強く、目立つように取り上げる。そうすることで作品のテーマは明確に表現される。
写真/中島清一 月刊フローリスト
講師
橋口 学 Manabu Hashiguchi
ドイツ国家認定フロリストマイスター。1997年渡独。国立花き芸術専門学校ヴァイエンシュテファン卒業後にミュンヘンの花店に勤務し、およそ9年間のドイツ滞在を経て帰国。現在は神奈川県秦野市にて「花屋ハシグチアレンジメンツ」を主宰。 植物造形理論・実技レッスンを行っている。
http://www.h-arrangements.com
Information
この連載を一冊にまとめた本が誠文堂新光社から2020年6月に刊行予定です!ご期待ください。
好評既刊
橋口さんのドイツフロリストマイスター理論がわかるリースの制作法

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この記事のライター
植物生活編集部
「植物生活」とは花や植物を中心とした情報をお届けするメディアです。 「NOTHING BUT FLOWERS」をコンセプトに専門的な花や植物の育てかた、飾り方、フラワーアート情報、園芸情報、アレンジメント、おすすめ花屋さん情報などを発信します。