石井 奈緒 石井 奈緒 2021/01/15

夏蔦コラム 『花の記憶』 第八回 - - お正月様とたぬき- -


こんにちは、夏蔦の石井と申します。
こちらで三年半ほど前よりコラムを書かせていただいております。
読み返した時に、自分が恥ずかしくなる様子が目に浮かびますが、どうぞ笑って許してください。

四季の移ろいとともに思い出す花や草木の記憶。引き出しに入れていたまま忘れていた宝物のような記憶を辿り、季節の折々に記していきたいと思います。
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2020年12月28日、私は3歳の娘と餅花を作っていました。餅を温めて片栗粉をつけながら丸め、柳の枝の代わりにあり合わせの植物に取り付けていくという、へんてこな正月飾りです。
娘は作りおえると玄関に走り、小さな獅子舞を向かい合わせに置いてキスをさせ、その周りに庭から葉を摘んできては嬉しそうに飾るのでした。

そんな彼女の姿は、高知に住む父の正月準備の姿と重なり、故郷の年末風景を思い出しました。

漁港もあり、山も川もあるけれど、街灯はポツン。私が育った頃は信号も僅かしかなかった田舎町。
夜の町は暗く、月明りがなければほぼ闇となりますが、晴れていれば満天の星空。
枯野がひろがる冬、けれど見上げれば常緑樹の葉が陽に輝き、地面には若芽が芽吹き始めています。

父は農作業の合間、門松をつくるために葛や笹、松をとりに山に入ります。私は「行くで〜」と迎えに来てくれた父の声に、ジャンパーを手にして軽トラの助手席に乗り込みます。

長靴姿の父は鎌を持ち、山へ入っていきます。そして、いつも足早に先を歩きます。
ザッザッと、鎌で切っては背中に背負った籠へ必要な草木たちをいれていきます。
ピシッと冷えた空気、色のない景色の中、もっと良い葛をとりたくて木に登り、蔓を引っ張っておりたはずが、つるっと滑ってこけたことも。その姿が可笑しくて、二人で大笑いしたものです。

「よし。なかなかえいがあが出来そうやねぇ」
家に戻ると、父は手慣れた様子で大きな門松を2つ作っていきます。
庭にある千両も今日ばかりは大活躍。
採ってきた山野で育った草木たちの少し歪な形。自然のさまのような父の作る門松。

「なかなかえいね〜。ここがちょっと気に入らんけんど、また来年よ」と、農作業に戻るのでした。

元旦。
私は初日の出を見るため、田んぼを抜け、シャッターをおろし正月飾りをつけた町の商店街を横目に、父と海へ向かいます。

父はいつも私より先に海に着き、防波堤の上を往復。私が合流してからご来光を待つのが慣わしです。
一度だけ、元旦に海を泳ぐ鯨をみたことがあり、それはそれは嬉しかったこと。

家に戻ると家族親戚が揃い、お正月様と呼び仏様、神様、門松様、かまどさま(ガス台)を順に拝みます。
小さなお餅とおせちを大晦日の晩に母がお供えしています。

お神酒を燗筒から盃にいれ、庭から採ってきた南天の葉がついた枝で、お酒を呑んでもらうためピッピととばします。おせちをまたお供えして、順にひとりひとり拝みます。

その後、母屋の客間に準備されたおせち料理や特大のお皿に盛られためでたい皿鉢料理を前に、御神酒、お屠蘇を「おかんし」します。年少の私から始まるので、作法を思い出しながら、正座をしたまま父の前に出て、少し緊張しながらいただくのでした。

1月2日。
鍬初めさま(鍬の神様)へ感謝とご挨拶、豊作をお願いするのために、また家族揃っての
神事がはじまります。
その年のめでたい方角により、庭や畑など場所が変わります。
皆吐く息は白く、空気の冷たさに震え足踏みをしている親戚のおじさん達も、揃って向かいます。
冷たい朝の空気の中、筍掘りに使うような鍬で霜の降りる土に穴を掘ります。松の枝と椎の木を立て、ススキの穂二本と一緒に、米を入れて巻いた半紙をひらたくして結びつけます。そこへ藁にシダをつけた輪じめ様をはめます。
八分目くらい米を入れた一升枡を置き、上に2段重ねの餅と干し柿を飾ります。お雑煮二碗を置き、父が箸を使ってまるで食べていただいているかのように、一口ずつお供えをするのでした。

お正月は昼も晩もひっきりなしに来客が続きます。
母屋は宴会場となり、新年の挨拶に訪れたご近所さんや親戚が、皆混ざってワイワイと「おきゃく」をするのでした。

私はおなかがすくと顔を出すのですが、祖父に何度も呼ばれてお手伝いをさせられるのがいやで、急いで食べたいものをよそい、飲み込むと、そそくさとその場から退散するのが毎年のことでした。

ある年のこと、祖父がたぬきのお母さんを離れの玄関前で、毎晩晩酌しながら餌付けをしていたことがありました。
たぬきは私の町では、火傷の薬として重宝され、その身と皮の間にある油をとるためによく罠がしかけられていたものです。

また「こんばんは〜」の声。
母屋に集う酔客に絡まれるのが嫌で、離れのこたつに逃げていた兄や私達。
離れ側に来るのはハイヤーの運転手さんくらいです。兄がすりガラスの引戸を開けると、ちょこんとたぬきのお母さん。
「ん?」
「…」静かな沈黙に、見つめあい。
そうです。たぬきのお母さんの声です。

その翌日から、たぬきのお母さんは我が家に姿を見せなくなりました。
たぬきの巣があった裏山あたりが少しだけ開発され、変わりはじめた時期でした。

「あれは引っ越しのご挨拶やったねぇ」と。

嘘みたいな本当の話。

たぬきのお母さんの年始のご挨拶、そんな話がストンと腑に落ちる暮らし。
獣の魂と草木の息吹、大地の息遣いをいつも感じずにはいられなかった暮らしを思い出し、都会の空の明るさを改めて感じるのでした。

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この記事のライター

石井 奈緒
石井 奈緒

1985年生まれ。高知県香南市出身。 関東在住。 実家は農家で自然豊かな環境で育つ。 東京を拠点に活動、草花を通じて琴線にふれるような、いとおしくなる、そんな花束を喜んでもらえたらと全国へお届け中。 実店舗を持たない花店「夏蔦」の店主。

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