河野 アミ 河野 アミ 35ヶ月前

草木をめぐる仕事 〈第1回・前編〉 荒良木つつじさん──造形作家「kokageya」店主

草や木、花や果実。植物といういのちと日々向き合い、親密な時間をともにする人々に話を聞くインタビュー『草木をめぐる仕事』の連載を開始します。

第1回は、北アルプスの山々に抱かれた信州・安曇野に店舗兼工房「kokageya」をかまえ、ドライフラワーを使ったリースやオブジェを制作する造形作家の荒良木つつじさんです。

日本一星空の美しい村として知られる長野県の南・阿智村の山の中で、木に登ったり草花と戯れたりしながら育った荒良木さんが植物を扱う造形作家の道に進んだのは、ごく自然な成り行きだったようです。空間装飾への興味からテレビ番組の生花装飾を手がけるようになり、現在は造形作家としての創作活動と4人の子育てを両立中。

本インタビューでは、安曇野で暮らしながらもイベント等への出展やSNSを通じて全国にファンを持つ荒良木さんの創作への思い、植物との向き合い方を前後編にわたってお届けします。

まず前編では、テレビ番組での仕事を通じ、植物の素晴らしさや創ることの面白さを改めて感じることとなったフジテレビ時代の話を中心に。

(文&写真=河野アミ)


彫刻家の父から学んだ「味」の魅力


──荒良木さんにとって植物というのは、物心がついた頃から友だちみたいなものだったんですね。

そうですね。父は彫刻家なんですが、長野の阿智村で森林遊学のキャンプ場を営んでもいるんですね。なので子どもの頃から高校を卒業して東京に行くまで、山の中で暮らしていたようなものでした。

一方、家の中では父が作品を作っている隣で、私も自分で採ってきた木の実や植物でなにかを作ったりして。植物も造形物を作ることも、日々の生活の中でごく自然なものでしたね。

──子どもの頃はどんなものを作っていたんですか?

やっぱりリースが多かったです。松ぼっくりばかりのリースとか(笑)。

私は父の影響をすごく受けていて、父の好みがとても地味だったんです。 父は製鉄の勉強もしていて、錆びた鉄や鉄の塊、黒くて茶色い鉄鉱石みたいなものを日々目にしていたんですね。時間が経ってちょっと錆びて、いい味の出たもの・・・父はよく「味」という言葉を使っていたんですが、そういう味のある素材を新しいものに取り入れることで生まれる雰囲気を好むんです。

そんな父を見ていて、私も子どもながらに「いいな」と思ったんでしょうね。手に取るものは茶色や黒っぽい地味な色合いのものが多いし、古道具も好きなんです。



──今の荒良木さんが生の花でなくドライフラワーで作品を作っているのも、自然な成り行きなんですね。

そうだと思います。それでも中学生の時には、フラワーアレンジメントをなさるとてもセンスのいい方に出会って、習いに行ってたんですよ。そのおかげで、視野を広げてみれば植物には本当にいろいろな色があるんだなと生の花にも興味が湧くようになって、生花での造形物も好きになったんです。

それをきっかけに空間に花を飾ることに興味が出て、ディスプレイというものに惹かれるようになったんですね。ゆくゆくは都会のショーウィンドウのディスプレイをやりたいと思うようになり、東京に行ったんです。

──それでバンタンデザイン研究所のインテリア学部に。でも就いた仕事はテレビ番組の生花装飾でしたよね? 

ウィンドウ・ディスプレイをやりたい気持ちは変わっていなかったんですよ。絶対にやりたかった。でも、これはと思う会社に出会えずにいた時に、たまたま「生花装飾」と書かれた募集を見つけたんです。これは興味があるぞと。で、募集要項には書かれていなかったんですが、行ってみると、フジテレビの美術部に入っているお花の装飾部だったんです。


 

ドラマやSMAPの番組での経験が、今の仕事につながっている


──テレビ局の美術部というのは、いわゆる大道具さんや小道具さんがいる、テレビ番組のセットを制作するところ。ということは、テレビ番組の生花装飾は、画面というウィンドウ越しに見せる花を使ったディスプレイとも言えそうですね。

そうなんです。なので、少し形は違うものの、やりたかった仕事にたどり着いたぞと(笑)。そこで一から生花の勉強をしました。学生時代にアレンジメントは習いましたけど、テレビ番組では一般的なフラワーアレンジメントとは違って、すごく立体感を出さなければいけなかったりもするので。

──テレビのお花というと、トーク番組などでゲストの後ろに飾られている花が浮かんだりしますが、「こういうお花にしよう」というのは誰が決めるんですか?

基本的には2つのパターンがあって、(舞台セットを考える)番組の担当デザイナーが「こんなゲストが来てこんな番組なります、装飾を考えてください」と私たちに任せてくれる場合と、それほど具体的ではないにしろ、ここに紫色がほしい黄色がほしいと指定をされる場合がありますね。

──なんだこの花は!?って、デザイナーに怒られるようなこともあるんですか?

そういうことはなかったです。入社したばかりの頃は「これじゃダメだよ」とよく言われましたけど、基本的なところをマスターできればそんなこともなくなるので。

──なるほど。あの、せっかくなので、「テレビ番組の生花装飾」という仕事について初歩的なところからうかがいたいんですが、どういう装飾にするかを決めるところから実際に装飾が完成するまでの流れって、どんな感じなんですか?

まずそれぞれの番組に生花装飾の担当者がつくんですね。担当者はドラマや規模の小さな番組だと1番組にひとりで、私が担当した『SMAP×SMAP』はけっこう大きな番組だったので3~5人のチームで担当してました。

使う花を決めるのは各番組の担当者で、花が決まると、仕入担当の人に「これがほしい」と伝えるんです。すると仕入担当の人が朝に市場でトラック一台分の花を買ってきてくれ、お花が到着するとみんなで花を降ろし、水を替えます。そこから一日が始まる感じですね。



──そして各担当者それぞれが、自分が考えた装飾の制作に入っていくわけですね。 お花の装飾というのは、いわゆる花瓶に飾り付けるようなフラワーアレンジメントにかぎらないですよね?

アートみたいなものも多いですね。生花のオブジェというか。花の頭だけを絵のように使ったり、トタンみたいなものと組み合わせたり、ビニールなどの素材でお花を作ることもあります。 番組に求められている造形や花、色味などを形にしていくものなので、アレンジメントとはかぎらないですね。

それから、私はドラマ班でも仕事をしていたんですが、ドラマの場合は台本を読み込んで、登場人物の性格や生活スタイルを考え、「この人はこういう花が好きだろう」とか、「生のお花は飾らないかもしれない」とか、そういったことも考えますね。

──「この部屋に住んでいるなら、バラは飾らないだろうな」とか。

そうそう。だから小道具さんとのやりとりも多いんです。壁に飾るものを作っている小道具さんに「ここにお花がほしいから作ってくれない?」と頼まれたり。それぞれが自分の得意分野を生かして、同じものに向かって作り上げていくのは楽しかったですね。「小道具さん、やるなぁ」とか、お互いに心の中で褒め合ったりもして。

あと、ドラマの場合は画面越しに映えるものというより、実際の生活にも取り入れられそうな装飾が多いので、それも楽しかったです。

──仲間内での競い合いというか、ライバル的な空気もあったりするんですか? たとえば『SMAP×SMAP』は絶大な人気を誇ってましたから、担当したい人も多かったのでは?

『SMAP×SMAP』はやっぱり大きな番組だったので、やりたい人はたくさんいたと思います。テレビ番組の装飾というのは、認めてもらえば完全に任せてもらえるし、この人にやってほしいと指名されることもある世界なので、私の上の代ではそういうことをめぐって仕事を辞めていく人もいたようです。

ただ私の代では(競争やトラブルは)なかったですね。あの仕事は拘束時間が長いのが大変でしたけど、それ以外はつらいこともなくて。とっても楽しかったですよ。



──もともとのウィンドウ・ディスプレイへの関心はどうなりました?

どうでもよくなりました(笑)。 ウィンドウ・ディスプレイって基本的に生のお花は使わないんですね。作りものが多い。テレビも番組によっては作りものを使って派手に見せることもあるんですけど、私が主にやっていたドラマやSMAPの番組はそういう感じではなく、ドライも含めて本物のお花を使うことが多かったんですね。

そんなこともあって本物の花のほうをより好きになったし、当時の経験が今の仕事にもつながっていると思います。

──フジテレビでの仕事を辞めたあとは、東京ディズニーランドの運営会社であるオリエンタルランドの装飾部に。東京ディズニーランドや東京ディズニーシーにも植物はありますが、全体としてはやはり人工的な場所だし、今のお話の流れだとちょっと意外な気もするんですが。

テレビの仕事については6年やって、そろそろ違う世界に行ってもいいかなと思ったんです。それでオリエンタルランドの「装飾部」というのに惹かれて入ったんですが、主な仕事はホテル内外のアレンジメントや(両パークを含めた)植栽デザインで、たとえばクリスマスになると「イルミネーションをどうしようか」というものだったんですね。 私でなくてもいいのかなと思うようになって。

そうしたらちょうど結婚も決まり、オリエンタルランドは1年で退社したんです。そして子どもができたのをきっかけに長野に戻って。

──東京を離れることや、仕事やキャリアへの未練はありませんでしたか?

まったく。子どもは長野で育てたかったし、彼も長野全域をまわる営業マンで、週末だけ東京に戻ってくる週末婚だったんです。

──じゃあもう、そこでいったん子育てモードに切り替えて。

ですね。それで松本に住んだんですが、2人目の子どもができたと思ったら、なんと三つ子だったんです(笑)。これはもう少し大きな家のほうがいいだろうということになり、今の場所に越して。

その時に、私が家でお花関係の仕事をしたくなった時のためにと、家と一緒に工房も建てたんですね。すぐにどうこうというつもりではなかったので、建てたものの荷物だらけの倉庫になってたんですが(苦笑)。

──子育てで手一杯そうですもんね。

そうなんですよ(苦笑)。三つ子ちゃんはいろんなことが3倍なので、育児がものすごく大変で。それで、三つ子たちが2歳になる頃、育児ノイローゼになりかけたんです。でもそのことが「kokageya」を始めるきっかけになったんですね。三つ子たちが「そろそろ動き出しなさい」と私のお尻を叩いてくれたんじゃないかと思うんです。

▶▶後編はこちら



■お話をうかがった人
荒良木つつじ ARAKI TSUTSUJI

造形作家。長野県出身。フジテレビ美術部・京花園で生花装飾を学び、テレビ番組(「SMAP×SMAP」内コーナー「BISTRO SMAP」、「エンジン」「離婚弁護士」などのドラマほか)や、舞台の生花装飾を手がける。その後OLCグリーン&アーツ装飾部で東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、関連ホテル内外の装飾を担当。2013年12月、長野・安曇野に植物による造形作品と古道具を扱う店舗兼工房「kokageya」を開業する。「kokageya」という名前は、柔らかな日差しがさらさらと差し込む静かな木陰と彼女のイメージを重ね、親友が考案。季節の自然素材を用いたリース、ランプシェード、オブジェなどを制作販売するほか、ウエディング・アイテムのオーダーや店舗などの空間装飾、ワークショップの企画も行う。

ホームページ http://kokageya.jp
Instagram https://www.instagram.com/kokageya/

今夏は、伊勢丹新宿店「新宿乙女雑貨店」企画(7/25~8/7)、銀座三越(8/22~9/4)をはじめ、イベントや企画展に出展予定。











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この記事のライター

河野 アミ
河野 アミ

河野アミ 編集者&ライター。 東京と安曇野を行ったり来たりしながら、ミュージシャンのインタビューから人々の暮らしにまつわるあれこれまで、幅広く聞いたり書いたり作ったりしています。企画編集した主な本は、サンプラザ中野くん「125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」(ファミマドットコム)、関由香「ふてやすみ」(玄光社)、美奈子アルケトビ「Life in the Desert 砂漠に棲む」(玄光社)、高嶋綾也「Peaceful Cuisine ベジタリアン・レシピブック」(玄光社)など。

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