河野 アミ 河野 アミ 17ヶ月前

草木をめぐる仕事〈第3回・特別編〉「萩尾エリ子 ハーバル・ワークショップ」リポート at 穂高養生園



香りは、人の記憶や感情に強く結びついていると言われます。街ですれ違った一瞬の香りに昔の記憶が甦るとか、感情が強く揺さぶられるというような経験を持つ人は少なくないはず。音楽でも同じようなことは起こりますが、香りのその力は、時に強引とも思えるほど強力。

これは嗅覚という感覚器官が、記憶を司る海馬、情動を司る扁桃体とダイレクトに繋がっているのが理由なのだとか。見たり聴いたりした刺激は脳内のあちこちを寄り道してから海馬や扁桃体にたどり着くのに対して、においによる刺激は寄り道なしの直行便。

つまり、においは海馬や扁桃体の機能の活性化に役立っているとも言えるわけで、においを感じなくなる=嗅覚が低下すると記憶力も低下するという、両者の関連性を示す研究結果もあるそうです。

生物としての進化の過程で退化したと言われる人間の嗅覚ですが、「嗅ぐ」という行為が命の要である呼吸の一環として行われることも考え合わせると、嗅ぐこと、においを感じることは今なお、私たちが日常で意識している以上に重要なもの──逆の言い方をすれば、私たちはもっと、においを、香りを感じることに意識的になったほうがいいのかもしれません。

前置きが長くなりましたが、7月下旬におこなわれた、ハーバリストの萩尾エリ子さんによる「ハーバル・ワークショップ 真夏の夜の夢、昼の夢」はまさに、におい、香りにどっぷりと浸る2日間でした。草花の芳香を通じて、自分の心や身体により意識を向けてみる。非日常的な試みというよりは、日常では無意識に受け流しているさまざまな感覚に意識的になり、それらをより深めていく体験でした。



場所は、信州・安曇野の知る人ぞ知るリトリート宿泊施設、穂高養生園。2泊3日の滞在を前提としたプログラムで、参加者は、北海道をはじめ遠方からはるばる訪れた人、長い不調に苦しんだ経験のある人、介護など他者のケアに携わっている人、萩尾さんの著書を愛読している人、たった今の心身の疲れを和らげたい一心で訪れた人──と、さまざまな思いや背景を持つ15名。

そんな参加者に萩尾さんがまず最初に伝えたのは、「自分の命が終わるまで機嫌よく生きていくこと」と「その手だてとして植物を活用すること」でした。

ベテランのハーバリスト、アロマテラピストとして、ハーブや精油の成分、薬効にも確かな知識を持つ萩尾さんですが、今回のワークショップで基本に据えていたのは、彼女のモットーである、植物における化学と神秘のバランス。

その意味するところは彼女のインタビューをお読みいただくとして、このワークショップでもその姿勢を守りながら、植物の香りや存在を感じることを軸にしつつ、薬効や使い方といった知識もあわせて学ぶ内容となっていました。


写真: 参加者の自己紹介を終えると、萩尾さんがワークショップのテーマや、カモミールやエキナセアといった代表的なハーブの薬効、使い方を説明。







写真: 色とりどりの草花で髪飾りやミニブーケを制作。花木がそこにあるだけで、萩尾さんの言う「緑の気配」──その場を穏やかに包み込む植物の生気のようなものが、立ち上がってきます。参加者の表情が生き生きと変化していくのを見ながら、もし手にしているものが造花だったらどうだったろうと考えてみたり。





写真: 生のハーブを使って、オリジナルのハーブティーを制作。萩尾さんを長年アシストしている永易さんが作ったハーブティーを味見させてもらったところ、青臭さや薬草的なにおいがまったくなく、美味しくてびっくり。配合の妙。





写真: 緑の濃厚な気配に満ちた穂高養生園。広大な敷地には、写真にあるような花やハーブが育つ庭のほか、原生林のような深い森も残されていて、そこにいるだけで自ずと呼吸が深くなります。





写真: 夕食後は、萩尾さんが6月に訪れたラトビアとリトアニアの話、そして精油を使ったハンドトリートメントのレッスン。

「香りは『生きもの』としての領域を揺さぶる」と萩尾さん。彼女が諏訪赤十字病院の精神科で定期的に実施しているアロマトリートメントでは、「アロマオイルを使ってマッサージをすると、我を忘れていた人が我に返ることもある」のだそう。もちろんそれは、安全が約束された上での安心があってこそでしょうが、香りだけでなく、人と人とが直に触れ合うことの重要性を感じます。

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今回のワークショップ、私がうかがったのは1日のみでしたが、草花の美しさを目に映し、その花弁や葉や枝に触れ、それらを舌で味わい、香りを全身に浴び──と、植物の存在や芳香を媒介にして、参加者の方々が自身の感覚にじわじわと浸かっていく様子が印象的でした。特にアロマトリートメントの時は、もはやとろけそうなほど安らかな表情があちこちに。まるで草花に導かれて瞑想をしているようにも見えました。

私たちが植物から受け取るものは香りだけではありませんが、その香りは私たちにとって、たった今生きている生きものとしての自分や、さまざまな記憶や感情を抱えた人間としての自分とつながるための芳しい入り口、扉となるものかもしれません。

香りに浸る。そんな機会を、時にはぜひ。

(取材日:2018年7月21日、文&写真=河野アミ)



■INFORMATION

萩尾エリ子 HAGIO ERIKO

ハーバリスト、ナード・アロマテラピー協会認定アロマトレーナー。

1976年、東京から蓼科に移住。八ヶ岳山麓の自然を師に、園芸、料理、染色、陶芸、クラフトを学び、開拓農家の家屋を借りて、ハーブショップ「蓼科ハーバルノート」を開く。

1992年から1999年までレストランを併設、同時に10年をかけて荒地から3,000坪のオーガニック・ガーデンを造園。また、諏訪中央病院のハーブガーデン・プロデュースとグリーン・ボランティア(園芸ボランティア)を興し、現在も同病院で活動。諏訪赤十字病院精神科ではアロマ・トリートメントを中心としたボランティアを行っている。

主な著書に『香りの扉、草の椅子』(地球丸)、『八ヶ岳の食卓』(西海出版)、『ハーブの図鑑』(池田書店)。

ホームページ http://www.herbalnote.co.jp
Instagram https://www.instagram.com/herbalnote_simples


穂高養生園 HOTAKA YOJYOEN

「体に優しい食事」「ヨーガや散歩などの適度な運動」「心身の深いリラックス」の3つのアプローチによって、誰もが本来そなえている自然治癒力を高めることを目的とした宿泊施設。森やハーブガーデン、露天風呂もある広い敷地や、自然に溶け込むリトリート施設を活用し、デトックス、食養生、ヨーガなどのワークショップを定期的に開催。全国から宿泊客が訪れる。

ホームページ http://www.yojoen.com
Facebook  https://www.facebook.com/HotakaYojoen
Instagram https://www.instagram.com/hotakayojoen
















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この記事のライター

河野 アミ
河野 アミ

河野アミ 編集者&ライター。 東京と安曇野を行ったり来たりしながら、ミュージシャンのインタビューから人々の暮らしにまつわるあれこれまで、幅広く聞いたり書いたり作ったりしています。企画編集した主な本は、サンプラザ中野くん「125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」(ファミマドットコム)、関由香「ふてやすみ」(玄光社)、美奈子アルケトビ「Life in the Desert 砂漠に棲む」(玄光社)、高嶋綾也「Peaceful Cuisine ベジタリアン・レシピブック」(玄光社)など。

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