河野 アミ 河野 アミ 22ヶ月前

草木をめぐる仕事〈第4回・前編〉小川康さん──薬剤師、チベット医



草や木、花や果実。植物といういのちと日々向き合い、親密な時間を共にする人々に話を聞くインタビュー連載『草木をめぐる仕事』。第4回は、信州の上田市野倉で『森のくすり塾』を主宰する、薬剤師であり、日本でただひとりチベット医の資格を持つ小川康さんにお話をうかがいました。

前述のとおり、小川さんはチベットにおける医師の資格をお持ちです。チベット文化圏以外の外国人として初めて、チベットの医学大学にあたるメンツィカン(チベット医学暦法大学)に合格。チベット語による医学理論、医術の学修はもちろん、時には命が懸かることもあるというヒマラヤ山中での薬草採取や、集めた薬草を使った丸薬作りなど、奮闘、格闘の学業生活を送り、その後1年間の病院研修を経て、チベット社会から医師として認められました。

その詳しい経緯やチベットの医学については、小川さんの著書『僕は日本でたったひとりのチベット医になった』『チベット、薬草の旅』、2009年から現在も継続中のネット連載『小川康のヒマラヤの宝探し』等に譲るとして、今回、小川さんに本連載にご登場願ったのは、チベット医が300種類を超える薬草を鑑別できる薬草のエキスパートであることが一番の理由です。

さらに小川さんは薬剤師として現代薬にも精通しておられるので、きっと、薬草の魅力や面白さを、さまざまな視点と経験を交えながらお話しいただけるに違いない──そう思っていました。

ところが、その予想は軽やかに裏切られました。小川さんが提示したのは、薬草と私たちのかかわりという、社会的な、よりディープな視点。そしてそこに浮かび上がってきたのは、大自然と共にある暮らしを捨ててきたにもかかわらず、草というささやかで素朴な存在に見えざるなにかを期待する、現代日本に生きる私たちの姿でした。

薬草を入口に、資本主義的思考への問いかけやホリスティック論にまで広く話が及んだインタビュー。まずは、小川さんから筆者へのシンプルな問いから始まります。

(取材日:2018年8月22日 文&写真=河野アミ)
 



薬草は役に立つか?


──こういう山には、いろいろな場面で役に立つ薬草がたくさん生えてるんでしょうね。

まずは、その入口から否定しちゃいましょうか(笑)。

──あら、そうなんですか!?

先日、あるサバイバル雑誌の方が取材に来て、その方とも同じような話をしたんです。サバイバルというのは「生き延びる」ということですよね。そこで、シミュレーションしてみてほしいんですよ。遭難や自然災害などによって、この山の中で、一人で生き延びなくてはならなくなった。さて、なにが役に立つと思いますか?

──助けを呼んだり、すぐに下山できない状況なら、食べられるものを探すのではと。だから、「なにが食べられるか」という知識や情報は役に立つんじゃないかと思いますが。

山で、なにを食べます?

──りんごなどの果実があれば理想でしょうけど、実際には草・・・かな? ものすごくお腹が空いていたら、草でも少しは足しになるんじゃないですか?

なるほど。僕は、ものすごくお腹が空いていても、草はたぶん食べないですねえ。山で遭難した時のエピソードなどに「草を食べて飢えをしのいだ」なんて話が出てきたりしますけど、少し誇張があると思う。生理学的に考えると、エネルギーが必要な時に身体が欲するのは、まずタンパク質や糖分ですかね。

──では、昆虫のほうがいいわけですね?

昆虫のほうが、きっと役に立ちます。一番いいのは、動物の肉。たとえば、鹿やウサギですね。川があれば沢ガニとか。そのために罠を仕掛けたり弓を作ったりするほうが、食べられる草を探すよりも現実的な行為だと思います。

──「草を食べて・・・」というのは、実際に食べたということではなく、それくらい大変だったという意味合いですか。

そうだと思いますよ。仮に食べたとしても、欲求はそれほど満たされないと思う。にもかかわらず、現代の人が食べものとしての野草に意識を向けるようになったのは、飽食の時代に対するカウンターカルチャーです。アンチテーゼとして生まれてきたもの。

野草が役に立たないと見下げているわけではありません。現代社会における野草の立ち位置を俯瞰することが必要だと思うんです。



ではもう一つ、シミュレーションしてみましょうか。山の中で怪我をして、血が出たとする。どうしますか?

──ちょっとくらいの擦り傷なら、なにもしない。深い傷なら、なにかで縛って止血するだろうと思います。

正解。まずは止血。それから敗血症が怖いので、きれいな水で雑菌を流す。さて、次はどうしましょう?

──この話の流れだと、薬草は役に立つのか・・・ですね? 

そうです。たとえば、チドメグサ(血止草)と呼ばれる草が、各地でそれぞれに伝わっています。それが役に立つかと聞かれたら、状況によりけりとしか言えません。残念ながら、使ったほうが雑菌が入って、さらに大変なことにもなり得る。だから、過信は禁物です。

──じゃあ、ヨモギもダメですか。止血作用があると言われますが。

僕も昔は、鎌で切った傷をヨモギで押さえたりしていましたね。でも、ヨモギで押さえて血が止まるくらいの怪我なら、そもそも、使っても使わなくてもどちらでもいい。ただ、怪我の程度やヨモギの使い方によっては、やはり雑菌が入る危険がある。たとえば、ヨモギを口でかみ潰して傷口につけるのは禁物です。

薬草よりも塩のほうが殺菌効果としてはいいかもしれませんが、「傷に塩を塗る」と言われるように、激痛を伴うでしょうね。もしくは、火もいいかもしれません。それから、チベットの遊牧民から教わったのが、動物の皮。これもけっこう役に立つみたいです。

ほかに薬草と言われるものが生きるために役立つ可能性のある場面って、なにがありそうですか?

──火傷にアロエはどうですか? 私が子どもの頃、アロエが重宝がられていた記憶があります。

残念ながら劇的な治癒効果は期待できませんが、アロエのゼリー状の部分が皮膚を保護してくれることは確かです。民間療法的なもので火傷に確実に効くのは、マムシの皮や熊の胆(い)ですね。どうしても薬草をというなら、キハダやムラサキの根(紫根)なら、熊の胆に比べると効力は少し劣りますが、期待できます。

──ようやく薬草の出番がありましたね。

でも、現代の一般的な暮らしの中では、そもそもあまり火傷をしませんよね。火傷でも怪我でも、程度が大きければ病院に行くなり、しかるべき治療をしたほうがいい。だから、みなさんが思い描いているほどには、薬草の出番はないんです。つまり僕たちは、薬草が優位性を持てる生活を捨て去ってきたということです。


薬草は資本主義社会と相性が悪い


──小川さん自身も、日常の中で薬草を使うことはほとんどないですか?

たとえば、当帰(トウキ)や黄連(オウレン)など、いざという時に役に立つ薬草もいくつかはあって、僕も少し育てています。ただ、あの植物が何々に効くとか、脈を診るだけでなんの病気かわかるといった、いわゆる「神秘的な話」には、誇張されたフィクションが多々ありがちです。だけど、フィクションの世界にも、その物語の背景に本当のことが隠されていたりもする。そこの線引きが、現代ではぐちゃぐちゃになっているように見えます。

植物の中で薬草と呼ばれるものは、歴史的、文献的に調べてみると、現代の人々が想像するほどには多くないんですよ。たとえば江戸時代を例にあげましょうか。風邪をひいたり下痢をした時、調子を整えるのにゲンノショウコを摂る人はいたかもしれません。でも、せいぜいその程度。そもそも「健康」という概念自体が現代と比べて希薄だったから、あれもこれもと野草を活用したわけではありません。

いっぽう、火傷や刀傷などの外傷には、金創膏という生薬の練り薬などがよく使われたようです。でも、今は火傷も切り傷も、それほど多くない。

──では、現代では薬草は不要ですか?

まずは社会環境の変化と共に、薬草と僕たちとの関わりも劇的に変化しているのを自覚することが大切です。不要というのではなく、現代における薬草やハーブの世界というのは、知的好奇心を満たしたり、人生に充足感を与えたりするためのものになってきています。それを、現代医療に並ぶもの、あるいは対立するものとして生き死にの世界に持ち込んでしまうと、いろいろな齟齬が生まれてしまう。

たとえば、現在の若い医師や医学部生たちは、薬草を「現代薬とはまったく別世界のもの」として捉える傾向があります。皮肉なことに、一般社会で薬草の価値が高まると共に、そして現代薬に対する批判的意識が暗に高まるほどに、その反作用として、医学や薬学の現場では、薬草が遠ざけられてしまうんです。

現代の日本人は、薬草と直接触れ合わなくなったがゆえに、薬草に過度な期待をするか、もしくは過度に軽視する傾向があります。

──今の時代、反作用的にプリミティブなものへの欲求が高まるのは必然でしょうし、そういった知的好奇心を入り口に薬草などに関心を持つのも、これまた然りでしょうが、要するに、バランスが悪いということですね。

そう思います。だから僕は、知的好奇心の世界を否定しているわけではないですよ。現代の日本では、昔に比べれば火傷も怪我も極端に少なくなったし、栄養も過多なくらい。免疫力だって充分に強い。多くの人はそう思っていないかもしれないけど、海外で10年も暮らすと、日本の良いところが見えてきます。

まったくの私見ですが・・・と前置きした上で、特殊なケースを除けば、日本人にビタミン剤は要らないと思います。抗生物質も使用過多ですね。却って免疫力を下げている。現代日本の医療はインプットが多すぎるんです。だから、その代替としてハーブなどの優しいものが求められるのはわかるし、少し体調を崩した程度なら、カモミールやラベンダーでリラックスするくらいがちょうどいいかもしれません。

ただ、なかには、薬草やハーブに驚くほどの高値をつけて大儲けしようとする人たちがいるのは残念なことです。もちろんそうではなく、地道にやっている方々がたくさんいることも知っています。薬草やハーブというのは、そもそもがプリミティブなものだから、値段ももっと素朴でいいと思うんですよ。

なにが言いたいかというと、薬草というのは、資本主義経済とあまり相性がよくないんじゃないかなあということです。「くすり」は人の不幸とかかわるものだし、現代薬はともかく、ちょっと場所があれば自分たちで採ったり、育てることのできる薬草くらいは、資本主義経済から離れた存在であってほしいんです。



──薬草ではありませんが、固定種や在来種の種を扱う野口種苗の野口勲さんは、農作物の種について、「誰のものでもない」と言っておられますね。国であれ企業であれ、そもそも誰のものでもない種を囲い込むのはおかしいと。そして、野口種苗で種を買う人に対しては、次からは自分で種を採ることを勧める。私も先日、大根の種を買いに行った時に、勧められました。

考え方に共通する部分はあると思います。たとえば、沢庵(たくあん)を美味しく漬ける田舎のおばあちゃんが、「美味しいから、お店で売ってみたら?」と周囲に言われて、「こんなのは誰でも作れるし、売るようなもんじゃない」と一笑に付す・・・なんて話がありますけど、僕にとっての薬草は、それと同じようなもの。ささやかなもの。

──現代日本の物差しで見れば、ビジネスチャンスを逃しているように映るかもしれませんが。

でもそこが、僕がチベットで学んだ最も大事なことかもしれません。「薬で利益を得る」という概念がまったくないわけではありませんが、日本に比べると希薄です。そして僕は、薬草や薬で利益を得ることを当然と考える社会と、そうではない社会とでは、薬の存在価値が劇的なまでに変わってくることに気がついたんです。これに関しては、より丁寧な説明が必要になるので、また別の機会に譲りたいと思いますが・・・。

権利や利益という観点で、チベットと日本の文化の違いをもう一つ紹介すると、チベットでは文書や書物に関して、著作権の概念も希薄です。一例を挙げると、仏教のことを書物に記そうとすると、それは行き着くところ、お釈迦さまが語った内容になります。お釈迦さまが語ったものを文書にしただけなのに、なぜ著作権が生まれるのか・・・と、チベットの人々は考える。なるほど!と思いましたね。

──仕事がら著作権というものが身近なこともあって、なにをもって「これは私のものだ、私のアイディアだ」と言えるのだろう?とは、私も考えます。そこを突き詰めていくと、資本主義社会では生きづらくなるわけですが。

僕もさすがに霞を食べて生きていくわけではないので、資本主義や権利のすべてを否定しているわけではありません。でも、現代薬も薬草も含めた「くすり」に関しては、18歳で薬学部に入学して以来、専門としてきたことなので、くすりについて、できるだけバイアスのかかっていない俯瞰的な見方を発信していくのは、僕の役割だろうと思うんです。

繰り返しになりますが、どこからインカムを得るかという課題があるし、悩んでいる部分もあるんですけどね。


議論の前に、まずは学んで、感じてみる


──そもそも、小川さんが薬学を志されたのは、どういった理由からだったんですか?

たまたま化学が得意だったからです。では、なぜ化学が得意だったかというと、点数を取りやすかったから(笑)。目の前で起きている化学現象に本当に興味があったかといえば、それほどでもなかったと思うんです。それでも点数が取れると楽しくなるし、得意なことをいかして進んできた結果、今の道に至ったというところです。

と同時に、子ども時代は田畑のある田舎で育ったので、こういう大自然の中での暮らしも好きなんですよね。

──大病にかかったことは?

ないんですよ。もとが健康なので、美味しいものをほどほどに食べて、無理をせず、体調を崩しても休めば治るだろうというくらいの気楽な気持でやってきました。だから自分に関していえば、薬に対してはいつも距離を保ってきましたし、やっぱり使わないに越したことはないというスタンスになるのは仕方がないことかもしれませんね。もちろん薬を必要としている方々はたくさんいるので、薬そのものを否定しているわけではありません。

薬草に話を戻すと、僕たちにとって薬草というのは、日常ではそれほど必要なものではなく、なにかの時にほんのちょっと頼るもの。その、ほんのちょっと頼るための知識が、現代では欠けていたり、誤っていたりする。

さらには、過剰な期待や思い込み、現代医学かその他の療法かという二項対立もあって、論争がたえない。でも、実体のないところでいくら議論しても、答えは出ないのでは、と思うんです。だからまずは、大自然のなかで「実際に感じて」みましょうと提案したいわけです。



話はちょっと飛びますが、東京オリンピックの前後、昭和30~40年代って、けっこう大切な転換点にあたると思うんですよ。

──映画の『ALWAYS 三丁目の夕日』の時代ですね。

そうそう。あの頃はペニシリンが出始め、結核を克服し、天然痘もなくなり、病気に対する恐怖が一気になくなった。おそらく、現代医学と呼ばれるものの存在が大きくなり、薬草の存在価値が変化していったのも、あの時代あたりだと思うんです。そんな頃に思いを馳せる、あるいは、年配の方々に当時の思い出を語ってもらうだけでも、「感じる」ことはできるでしょう。

僕はもともと懐古主義的な人間だし、あの時代の生き方に憧れもあるんだとは思います。

──ただ、良かれと思って獲得してきた技術がある以上、あの時代に戻ることはできない。より良いバランスを新たに作っていくしかないですね。

戻れる人は、ちょっと戻ってもいいと思いますけど・・・答えはないです。僕も答えを求めてしまっているけど。どうしたらいいんだろう、という問いから始めるしかないでしょう。自分にできることがあればやってみる、そして、まわりの人にも投げかけてみたりね。


▶▶後編はこちら



■お話をうかがった人
小川康 OGAWA YASUSHI

薬剤師、チベット医。
1970年、富山県生まれ。東北大学薬学部卒。薬草会社や薬局、農場での勤務やボランティア団体での活動を経て、1999年インドのダラムサラに渡り、2002年にメンツィカン(チベット医学暦法学大学)に、初のチベット文化圏以外の外国人として入学。2007年に卒業。研修医を経て、チベット医として社会に認められる。

帰国後は早稲田大学文学学術院の修士課程で学び、2015年に卒業。現在は、長野・上田市にて「森のくすり塾」主宰。各地で講演会やワークショップもおこなう。

著書に『僕は日本でたったひとりのチベット医になった』(径書房)、『チベット、薬草の旅』(森のくすり出版)。

ホームページ http://morinokusurijyuku.net/index.html
ブログ http://tibetherb.blogspot.com
Facebook https://www.facebook.com/morinokusuri/
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この記事のライター

河野 アミ
河野 アミ

河野アミ 編集者&ライター。 東京と安曇野を行ったり来たりしながら、ミュージシャンのインタビューから人々の暮らしにまつわるあれこれまで、幅広く聞いたり書いたり作ったりしています。企画編集した主な本は、サンプラザ中野くん「125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」(ファミマドットコム)、関由香「ふてやすみ」(玄光社)、美奈子アルケトビ「Life in the Desert 砂漠に棲む」(玄光社)、高嶋綾也「Peaceful Cuisine ベジタリアン・レシピブック」(玄光社)など。

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