河野 アミ 河野 アミ 2018/09/29

草木をめぐる仕事〈第4回・後編〉小川康さん──薬剤師、チベット医


草や木、花や果実。植物といういのちと日々向き合い、親密な時間を共にする人々に話を聞くインタビュー連載『草木をめぐる仕事』。第4回は、信州の上田市野倉で『森のくすり塾』を主宰する、薬剤師であり、日本でただひとりチベット医の資格を持つ小川康さんにお話をうかがっています。

チベットでの医療に欠かせない「薬草」は、果たして現代日本においても役に立つだろうか? そんな素朴な問いから始まった本インタビュー。後編では、小川さんがチベットの医学から学んだ「生きることに根ざす」あり方──身体を動かし、他者や社会とつながることの大切さへと、話は向かいます。

イギリス政府に孤独問題担当大臣(Minister for Loneliness)なるポストが置かれ、日本も少子高齢化や貧困といったさまざまな社会状況に端を発する孤独や孤立の問題は、いまだ解決の糸口さえ見つけられていないように思えます。そんな中で、小川さんの話から見えてくる、人々が共に生きる、生きる場を共有していることに対するチベット社会の価値観やあり方に、なにか重要なヒントがある気がするのは、おそらく筆者だけはないでしょう。

(取材日:2018年8月22日 文&写真=河野アミ)

▶前編はこちら → 草木をめぐる仕事 〈第4回・前編〉 小川康さん


これからの時代の「ホリスティック」とは


──小川さんの「森のくすり塾」では、薬草や薬を切り口にした講座やワークショップもおこなっていますね。

本来は、薬剤師や薬局がそういった知識の発信場所を兼ねられればいいのですが・・・。意外に思われるかもしれませんが、薬学部で薬草について学ぶ機会は、ほとんどないんです。

──でも、小川さんはチベットでみっちり学んできた。

チベットだけじゃなく、この辺りに暮らしているおじいちゃんやおばあちゃんからも、いろんな話を聞いています。僕からすると薬草の達人ばかりですが、みなさん、けっこう痛い目に遭ってるんですよ。たとえば、一度はウルシにかぶれているし、草を食べて吐いたなんて話も珍しくない。きっとそういう失敗の積み重ねによって育ってきたのが、薬草文化の一面でもあるわけです。

いっぽう現代人は、そうした痛い目に遭わずに机上だけで学んでいるから、却って怖い。とはいえ、やっぱり、知識はあったほうがいいです。



──薬草や薬の知識を伝える以外にも、薬や医療との付き合い方、薬を介した社会とのつながり方といったテーマにも手を伸ばしておられますね。

自分で考えて、自分でやっていこうよ、ってことなんです。知識を得た上で、じゃあ自分はどう生きていきたいのかも考えてみましょうと。

少し話が逸れますが、みなさん、薬について話すときに「効く」「効かない」という言葉を、よく使いますよね。じゃあそもそも、「効く」とはどういうことだと思いますか?

──一般的には、その薬を飲んだら痛みが止まったとか、病気が治った場合に「効いた」と使うのだと思いますが、同じ薬でAさんの痛みはほとんど治まったけれど、Bさんの痛みは少ししか治まらなかったとか、痛みには効いたけど、病気が治るという意味では効いていないとか、以前はこの薬が効いたけど、今回は全然効かないとか・・・・・・うーん、考え始めると、よくわからなくなってきますね。

これ、意外と難しいんですよ。だから、「この薬は効くか、効かないか」という問いへの答えは、たとえば天気予報を参考にしてみてはどうでしょう? みなさんも天気に関しては、気象予報士の「〇パーセント」などの予報を参考にしつつも、自分で天気図や雨雲レーダを見て考え、最終的には傘を持っていくかどうかを自分で判断しますよね。薬のことも、そんな当事者意識が育っていくといいなと思います。



文字では音楽のすべてを表現できないように、料理は食べなければ結局はわからないように、薬草や薬も、実際に使って感じないとわからないものではないでしょうか。世間で思われているほど、文字で端的に表現できるものじゃない。

だから、効果効能といった文言に振り回されるのでなく、経験を伴った知識をもっと大事にしたほうがいいし、薬草やハーブに関心があるなら、たとえばサッカー好きがサッカー場に行くように、ぜひ山に行ってほしい。ナチュラルな生き方を標榜するなら、田舎への移住を考えてみるのも一案だと思います。だから僕は、移住の相談にものってます。できる範囲で、ですけど(笑)。

──私もこの数年、自然の中で暮らす時間が増えたことで、身体を使って生きることの面白さというか、身体や五感を使わないとわからないことの多さを改めて感じています。物事を頭だけで捉えていた頃より、メンタル的なバランスも明らかに良くて。

現代医学と対立するものとして「ホリスティック」という言葉が使われますけど、概念だけが先行していて、実質はホリスティックじゃないものも多いと思うんですね。

でもこれからの時代、ホリスティックというのは、治る治らないだけに着目するのでなく、社会とつながり、自然とつながり、その場に足を運び、なんなら木を伐り、薬草も植えて・・・と、実際に身体を動かし、行動していった先に、結果として生じてくるものだと思います。ホリスティックという言葉は、自分から口に出して標榜するのがちょっとおこがましいくらいのものであってほしいですね。


チベットの医者は、人や社会とのつながりを重視する


──チベット医学については、小川さんの『僕は日本でたったひとりのチベット医になった』『チベット、薬草の旅』の2冊の本やブログを読んで、いくつかの特徴を知ることはできました。

たとえば、チベット医学とは、チベットに古くから伝わる伝統医療に、インドや中国、イスラムなどの伝統医療が融け合ったものであること。アムチと呼ばれるチベットの医師は優秀な薬剤師でもあり、300種類以上の薬草を鑑別できる知識を持っていること。診察では問診のほか、舌や尿や脈によっても診断し、薬は薬草を調合した丸薬が一般的であること。アムチは基本的に患者から診察代をもらわず、貧しい人からは薬代ももらわないこと・・・などなど。

ですが当然ながら、こういった情報だけでわかることはわずかです。と同時に、仏教国であることも手伝うのか、「チベット医学」と聞くと、神秘的なものを感じたりもします。


言葉とイメージだけで、なにかがあると思っちゃう人が多いんですよね。「チベットの医学とは、なにか?」をあえて言葉にするなら、「生きることに根ざした医学」です。もちろん、チベットの人たちにそんな自覚はないです。日々の生活、生きることに、医学というものが完全に溶け込んでいる。そのありようを外国から眺めた時に、どうやら「チベット医学」と呼ばれるらしい・・・と。



──なるほど。では、このインタビューを読んでいる方には「チベット医学」への先入観をいったん横に置いていただくとして、私が『僕は日本でたっひとりのチベット医になった』を読んで最も印象的だったのが、チベット医学が現代医学と比較して、どこまで実践的なのかという疑問を持ちながらも、小川さんがチベット医学に夢中であり続けたことなんです。

その理由を私なりに考えて思ったのが、チベットでアムチを目指す人たちの学ぶものが、医の技術にとどまらないからなのでは、と。メンツィカンに入学したアムチのたまごたちは、医学はもちろん仏教も含めて、まさに刻苦勉励して修養を積む。そして次第に、人々に尊敬され、信頼される存在になっていく。アムチ自体が人々の薬のような存在であるところに、チベット医学の魅力があるんじゃないか。小川さんが惹かれたのも、そういったところなのではと。


それはあるかもしれません。振り返ってみれば、医師が学問全般に秀でた存在であるというのは、江戸時代の日本も同じだったと思いますよ。当時の医師は薬を作れることが前提だったので、そのほとんどが薬師(くすし)でもありました。それが、1873年の医師法によって薬剤師という役割が独立し、医師は薬のことは考えなくてよくなりました。もちろんそれは建前だったわけですが、いつのまにか建前ではなくなり、医師の仕事は診断と治療のみとなった。それが現代です。

一方、アムチの仕事で重要なのは、昔も今も、まずは地域の人々と仲良くすること。これはとても大事なことなんです。脈や尿、問診だけではわからないことが、その人と日頃から付き合い、暮らしぶりを知っておくことによって見えてきたりもする。これは、アムチ自身が地域の一員として人々と共に生きてこそです。


普遍的な知識を詩で伝える医学の教科書「四部医典」


──もう一つ、チベット医学を学ぶ中で小川さんが惹かれたのが、医学生の主要教科書である「四部医典」。解剖学や病理学、薬草学など医学の教えが書かれた医学経典で、現代のA4書籍に置き換えると800ページ近くにもなる膨大な書物にもかかわらず、医学生はこの大半を暗誦できるまで読み込むことが義務づけられているそうですね。現代医学では考えられないことだろうと思いますが、これはやはり、書かれていることの価値を身体中に染み込ませるといった意味合いがあるのでしょうか?

四部医典の暗誦という歴史がこれまで受け継がれてきたのは、やはりそれなりの意味があるんだと思います。興味深い内容であることはもちろんですが、四部医典は、全編が仏典と同じ九韻詩(九音節を一つとする詩)で書かれていて、要するに詩文なんですね。つまり、詩という形をとることで、四部医典が本来伝えたい普遍的なことが浮かび上がってくる。読み込めば読み込むほど、文字では伝えきれないものが見えてくる。それこそが四部医典の価値であり、暗誦できるほど読み込むことの意義だと僕は思います。

昔の人は、今よりもっと多くのものを詩で書いていましたよね。詩というのは、それ自体に意味があるから、そこに普遍性が宿る。医学部の教科書にも、ちょっと詩文を入れるといいと思うんですよ。言語の理解が変わってくると思いません? 

──先ほどの薬草の話題にもあった、薬草とはなにかを知るには効能書きを読んでもダメで、言語化できないものを実際に感じるしかない──という、その「感じる」ところまでをも、なんとか言語で伝えようと詩の形をとったのが四部医典、と。

歌の歌詞も、そういうところがあるでしょう。

──そうですね。「あいしてる」という5文字では伝えきれない思いを、さてどう伝えよう、とか。ただ、詩というのは、どう解釈するのも自由などと言われる一方で、書き手の思いや、詩の情景、意図を酌み取れるところまで「読む」のは、そう容易ではないように思います。妄想や深読みではないレベルで「読む」には、それなりの経験や身体性が必要ではと。

だから本来は、知のエキスパートである学者であっても、身体性は重要なんです。昔の学者は、身体を使ってやらなくちゃならないことが、日常的にたくさんありました。でも、現代では身体を使う場が極端に減ってしまったことで身体性がなくなり、結果、言葉が伝わりづらくなった。当然、学者の世界以外でも同じことが起きています。

だからこそ僕は、チベットの医学を学んできた身として、四部医典が詩文であることの意味をきちんと紹介したいんです。それこそ現役の医学部生とも共有できるくらいまで言語化したい。それができたら、僕が進めている四部医典の日本語訳の作業にも、理解と支援が得られるんじゃないかと。残念ながら現在の僕の詩的能力だと、「いいね!」と言ってもらえる日本語詩をつけるのは、なかなか難しいですから(苦笑)。
 


人と人とが自然につながれる、開放された場を作りたい


──それにしても、樹の下でインタビューをしたのは初めてですが、気持ちがいいものですね。いがぐりが頭に落ちてきたことを除けば・・・。

樹の下はいいですよ。1冊目の本のタイトル、僕の案は『チベット医学の樹の下で』だったんです。編集者に「気取ってる」と言われて、即却下だったけど(苦笑)。でも、チベットでは実際に、樹の下で勉強するんです。

──木陰は涼しいし。

それと、やっぱりなにか本能的なことが関係していると思います。お釈迦さまが悟りを開いたのも、ニュートンが万有引力を発見したのも、樹の下。すごく大事な智恵というのは、樹の下で生まれるんじゃないかと。



──開放感があるからなのか、頭の中の風通しもよくなる感じはありますね。小川さんの「森のくすり塾」自体も、とても風通しのいい場所だと感じました。特に用事のなさそうな人もふらりと立ち寄って、小川さんに近況を報告したり、たわいのないお喋りして帰っていく。村の寄り合い所のような。

こういう、人が自由に出入りできる場が、もっとあったらいいと思うんですよ。いつでも誰でも来ていいですよという。今はそういう場所が少なすぎるでしょう? チベットでは、プライベートの概念を重視しません。同じ時間をみんなで共有して、誰かと誰かのおしゃべりに、ほかの誰かがふらっと加わり、またそこから話が始まる。イヤな顔をする人もなくはないけど、問題になるほどじゃない。



──チベットの話をうかがっていると、モノでも時間でも場でも、「共有」の意識が私たちより高いのだなと感じます。「個」あるいは自我の強調が、時には「孤」や生きづらさにつながり得ることに、私たちはもっと目を向けたほうがいいかもしれませんね。

大事なのは、自我を強めるのではなく、むしろ弱めることではないかという視点を提示したいですね。弱めるという言葉がふさわしくないなら、薄めるというか。そのためには、こんなふうに「場」というものが開放されていることも大切だと思うんです。

僕自身も、こうやって言葉で伝え、自分が良いと思う生き方を実践しながら、ほかの人たちとのつながりの中で、場と共に成長したい。来た人の話を聞いて、また別の人が来たら、その人も一緒に話をして、人と人とがごく自然につながっていく。そういう開放された場作りを、ここでやっていけたらと思っています。



■お話をうかがった人
小川康 OGAWA YASUSHI

薬剤師、チベット医。
1970年、富山県生まれ。東北大学薬学部卒。薬草会社や薬局、農場での勤務やボランティア団体での活動を経て、1999年インドのダラムサラに渡り、2002年にメンツィカン(チベット医学暦法学大学)に、初のチベット文化圏以外の外国人として入学。2007年に卒業。研修医を経て、チベット医として社会に認められる。

帰国後は早稲田大学文学学術院の修士課程で学び、2015年に卒業。現在は、長野・上田市にて「森のくすり塾」主宰。各地で講演会やワークショップもおこなう。

著書に『僕は日本でたったひとりのチベット医になった』(径書房)、『チベット、薬草の旅』(森のくすり出版)。

ホームページ http://morinokusurijyuku.net/index.html
ブログ http://tibetherb.blogspot.com
Facebook https://www.facebook.com/morinokusuri/
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この記事のライター

河野 アミ
河野 アミ

河野アミ 編集者&ライター。 東京と安曇野を行ったり来たりしながら、ミュージシャンのインタビューから人々の暮らしにまつわるあれこれまで、幅広く聞いたり書いたり作ったりしています。企画編集した主な本は、サンプラザ中野くん「125歳まで楽しく生きる健幸大作戦」(ファミマドットコム)、関由香「ふてやすみ」(玄光社)、美奈子アルケトビ「Life in the Desert 砂漠に棲む」(玄光社)、高嶋綾也「Peaceful Cuisine ベジタリアン・レシピブック」(玄光社)など。

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