Yu Yu 2018/11/27

月と星とハーブと。 第3回  自然に身を委ねて、旧暦と暮らすススメ 後編 / 石田紀佳さん



石田紀佳さんに伺う「自然に身を委ねて、旧暦と暮らすススメ」後編をお届けします。

前編では、旧暦の大まかな考え方についてお話ししていただきました。
少し振り返ると、旧暦とは『月の満ち欠けと、太陽と地球の位置関係から導き出した季節を表す言葉である、〈二十四節気〉や〈七十二候〉を用いて知る暦』のこと。

後編では、旧暦ができる以前に使われていた “自然暦(しぜんこよみ)” についてお伺いします。





「まだ、旧暦という考えができる前を生きていた人々は、自然に咲く草花や、星空などの天体、動物や虫の動きで季節を感じ取っていました。
私がかつて北インドの山村を訪れた際に、とても印象的な女性に出会ったエピソードをお話ししますね。

彼女はインドのテキスタイル工房GangaMakiのラケッシュさんの祖母でSUNDARIさん。お名前は
beautifulという意味なんですって。

彼女は “自然暦” によって自給自足の生活をしていました。文字を読まず、ラジオもないので、日付を書いた印刷物も天気予報も頼りません。

穀物の種を蒔くのは『あの星があの山の上にきた頃』が目安。
子供や孫たちの誕生日の年月も日付もなくて『雨のころ』『マンゴーがたくさんなるころ』などと言うのです。

私は誕生日の日付をずっと大事にし、カレンダーや天気予報を当たり前に利用していたので、目の前にそれにまったく頼らずに生きている人がいることに驚きましたね。

そして彼女の生き様に、憧れのような感情が湧いてきたのです。自分の奥底に隠されていた、大切なものがうごめくような。
これは今も、静かに確かに続いています。もしかしたらこの憧れは、わたし個人のものだけではなく、いわば自然さを失った現代人に共通する魂の声ではないかとも考えています」



「北インドで出会った彼女のように自然に沿って暮らしたい憧れは持ちつつも、私たちは新暦の数字が並んだ日時で過ごすことに慣れていますし、実際に新暦を用いたカレンダーは世界中の共通言語でもあるので、予定を立てるのにも役立ちますよね。


新暦の便利さを享受しつつ、季節の移り変わりも感じていたい。
虫のいいような話ですが、そういった考えを持つ人たちにとって丁度良いのは、前編でもお話しした〈七十二候〉という、5〜6日おきの季節を表す言葉だと思っているのです」




「現在使われている七十二候はきれいに何月何日から何日までと割り振られていますが、最初からこのように整っていたわけではありません。

暦研究家の故・岡田芳朗氏によると、約二千年前に、現在とほぼ同じ体裁の太陰太陽暦(旧暦)となったようです。
二千年前でもずいぶん昔ですが、当然そこに至るまでにも長い時間がありました。

七十二候の萌芽は、二千年よりも前から歌い継がれた “民謡” にみられます。中国最古の詩集として伝えられる『詩経』という本の中に。
季節の動植物や星が人の労働の背景として歌われ、全部ではありませんが月名を冠しているものもあるんですよ。

前に述べた “自然暦” で使われていた動植物の動きや気象を、農耕などに使おうとした集団が歌にしたのでしょう。

つまり、 “七十二候の萌芽以前のタネ” みたいなものはもう二千年どころか、人が自然と対峙して言葉を発したときに遡るともいえます。

それは文字としては残されていませんが、北インドの山村の女性にわたしの深部が震えたように、人間の根源的なところに残されている何かが覚えている感覚ではないでしょうか。

だから『詩経』の中にある、遥か昔に遡る歌から作られた〈七十二候〉 に、自然環境も生活も今とはよほど違っているのに、時空を超えて共感するのでしょう。

例えばそこには、春は『鶯が鳴いて桑の葉をとる』、六月には『スズムシが鳴く』、十月には『こおろぎが家に入ってきたら冬仕度をする』などと歌われていますよ。

このような詩句が、太陽の観測で一年を分けていく知識と合わさって、〈二十四節気七十二候〉としてまとまっていきます。
日本は飛鳥時代から江戸時代まで、中国輸入の七十二候をそのまま使ってきました。

ようやく江戸時代になって、〈本朝七十二候〉として京都の気候や当時の人の感覚にあうよう多少改変されたのです。
そして、何度かマイナーチェンジをして今に至ります」



「前編と後編を通して、私が日々の暮らしの中で大切にしている 〈七十二候〉 についてお話ししてきましたが、 〈七十二候〉 を暗記したり、厳密に今の暮らしに反映したりすることをお勧めしているわけではないんです。

毎年同じように季節は流れているようでも、実は同じ日は1日としてないように、私たちも、気候や動植物の状態も有機的に変わっていくのが事実ですよね。


そしてそれぞれ個人によっても季節の感じ方が違うのは当たり前のことなのです。
なので私がお勧めしたいのは “自分の七十二候” を歌ってみること。


“自分暦” 作りに挑戦するのです。自由にオリジナルを歌えばいいのですが、なかなか簡単にはいきません。
実際に作ってみると、過去の七十二候が、いかにうまくできているかがわかりますよ。
時に洗われて残ってきたもののメッセージ性には身震いしてしまうほど。

たとえば、和風に改変される前の中国の七十二候には、今では絶滅したり、絶滅寸前であったりする大型ほ乳類が多数登場します。また、中には『スズメがハマグリになる』などというファンタジーも。

これらを今はいないとか、荒唐無稽といって捨ててしまうのは惜しいと思っていて。


なぜこれらの言葉が選ばれ、今の時代に伝わったのか。自分暦を歌いつつ、その意味を感じてみるのも楽しいですよ。

そんな思いもあって、わたしは版画家の水田順子さんが季節を彫る仕事の伴走をはじめました。二十四節気が確立される以前の詩に由来する七十二候に習って、互いの暮らしの中で、絵と言葉を探しているところ。
まだ制作の長い道のりが始まったばかりなのですが、二つほどご紹介してこのお話を結びます。



旧暦を通して、繰り返すようで、たった一度きりの季の巡りを、皆さんもそれぞれに感じて頂けたら嬉しいです」



『スズメウリ実る草むらに』

ショウリョウバッタはその好物のイネ科の葉に似た姿だから、スズメウリの葉にのるとよく目立つ。「秋分」を過ぎて、ウリは実り、虫たちは卵を産む。「蟄虫閉戸(ちっちゅうとをとざす)」のももうすぐ。


『桃の花咲く』

二十四節気「啓蟄」、本朝七十二候「桃始笑」のころの景色。岡山に移住した作家の身辺には桃の花があふれ、彼女は新居の庭に巴旦杏(アーモンド)の木を植えた。いつか、巴旦杏の季節も描かれるだろう。





2回にわたり「自然に身を委ねて、旧暦と暮らすススメ」をお送りいたしました。

旧暦の中の七十二候の言葉も最後にご紹介頂いた版画も、とても繊細な感覚を開いてこそ感じ取れるもので、現代社会のスピードとは逆走している気もします。
けれども早すぎるスピード感、季節を感じなくても過ごせる日常にどこか息苦しさを感じ始めている人も少なからずいるのではないでしょうか。

新暦や都市に暮らす便利さや楽しさを知ってしまった私たちは、すべてを昔の様に戻ることは難しいかもしれない。
けれど、ほんの少し、ゆっくりと “今” を感じる意識を持つこと、苦しさを感じているとしたら蓋をせずに感じ、自分自身を癒してあげること。

そんなことを旧暦は教えてくれる存在なのかもしれません。



プロフィール

石田紀佳 / フリーランスキュレーター、バッチフラワーレメディプラクティショナー

世田谷ものづくり学校にて、無料の公開庭仕事を週に一度ほど行っています。
詳細はこちらから 巡る庭:http://meguruniwa.blogspot.jp/

季節の草木と手仕事のお知らせ
草木と手仕事:https://www.facebook.com/plantsandhands

草作家矢谷左知子さんとの共同ブログ
草虫こよみ:http://xusamusi.blog121.fc2.com/

著書:
藍から青へ 自然の産物と手工芸 建築資料研究社
草木と手仕事 plants and hands 薫風堂
魔女入門 暮らしを楽しくする七十二候の手仕事 すばる舎








 
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この記事のライター

Yu
Yu

趣味は見ることと食べること。 アート/民藝/工芸/古いもの、食、ナチュラルケアやセラピーに興味があります。 美術大学卒業後、プロダクトの企画や暮らし周りの編集に携わってきました。

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