園芸探偵と植物屋が見る「江戸の園芸熱—浮世絵に見る庶民の草花愛」
「たばこと塩の博物館」で現在開催中の特別展
江戸の園芸熱
植物生活編集部では、「花き園芸の観点から展示を見てどのように楽しめるか?」をテーマに、
『園芸探偵』として、ライター・花のクロノジストとして活動している松山誠さんがレポートします。

「江戸の園芸熱 —浮世絵に見る庶民の草花愛」を見てきた。
江戸に暮らす、ごく普通の人々が草花を身近に楽しむようすを描いた前後期あわせて200点以上の浮世絵や資料から、当時の「園芸熱」、「草花愛」の実際を紹介している。
展示の中心が「鉢植」であることも面白い。


今回ゲストにお迎えしたのは、独自の視点で植物の新しい魅力を提案する「叢」店主、小田康平さん。
小田さんは月刊フローリストにて「叢のものさし」を連載している。

初対面だが、植物を実際に扱う立場から、小田さんが何をどう見るのか。
しかし、振り返ってみると、過去に、たくさんの絵を見てきたなあと思う。主なものをあげると、
1. 太田記念美術館「江戸園芸花尽し」(2009)
2. さいたま市大宮盆栽美術館「ウキヨエ盆栽園」(2012)
3. 江戸東京博物館「花開く江戸の園芸」(2013)
4. さいたま市大宮盆栽美術館「三代目尾上菊五郎改メ、植木屋松五郎!? -千両役者は盆栽狂」(2017)
などだ。
「たば塩」の愛称を持つ「たばこと塩の博物館」は東京スカイツリーの近く、墨東地区にある。
最寄り駅は3つあるが、いずれからも10分ほど歩く。
ただ歩道は広く来方によっては運河に沿った公園もあり、散歩にはちょうどいい距離。

もともと倉庫だった建物を改装したという博物館に入って、まず、入館料が大人100円(税込み)というのに驚かされる。
特別展でも同じだ。
これなら何度でも見に行ける気がしてくる。
植物屋「叢」店主、小田康平さんは、広島を拠点に全国で活動しているのだが、ちょうど関東方面の仕入れでこちらに来ていて、植物を積んだクルマで博物館に現れた。さっそく見ていこう。
展示会場は「花見から鉢植へ」「身の回りの園芸」「見に行く花々(花のテーマパーク)」「役者と園芸」という4つのテーマで展示が分けられている。
茶屋の入り口に女性が腰掛けてきせるを取り出し、一服している。
昔はたばこを吸うのにライターなどないので、茶屋では、たばこ盆を用意して客がすぐに火をつけられるようにしていたという。
その休憩中の女性のそばにウメの鉢植がある。
この店では、季節の鉢を飾ると同時に、欲しい客には販売をすることもあったという。
植木屋の多くは郊外にあったため、鉢植の植物は、縁日や繁華街など人通りがあるにぎやかな場所に棚を広げ、露店で販売された。
路上で売り歩く「振売り」もあった。
「植木売りと役者」(歌川国房)、江戸後期の文化(1804 - 08)頃は、落ち着いた感じの美しい作品(「たばこと塩の博物館」所蔵)。
植木屋の台の上には、サボテンやマツ、オモト、ソテツ、ツバキやウメなどの鉢植が見える。
足元には「根巻き」の植木などが置かれている。
現在の花屋でも棚の高い位置には貴重で高価なものが載せられ、下のほうにポット苗など比較的安価な商品が並べられるのと似ている。
小田さん:(鉢植の種類と見せ方)
「棚の上段にサボテンがあります。ウチワサボテンですね。日本に入ってきたのはかなり古くて少なくとも300年以上の歴史はあると思います。日本でいちばん古いサボテンと言われているものが静岡にあるそうです(※静岡市の龍華寺か)。サボテンはソテツなどとともに棚の一番上にあるので希少性のある植物として大切にされていたのかもしれませんね」
売る側としては、足を止めさせ、一つ一つをよく注意して見させるようにしているのかもしれない。
浮世絵には、賑やかな声が聞こえてきそうな祭りの風景やお正月のようす、鉢植を見ながら、うれしそうにしている人たちがたくさん写されている。

新しい年の縁起かつぎ、折々の季節を味わい楽しむために草花を買う。
今のように、ラッピングも手提げ袋もない。
日中の暑さもやわらぐ夏の宵、ろうそくの明かりに灯された露店で買い求めたお気に入りの鉢植を捧げ持って帰る人々の様子など、あまりにもまっすぐで無邪気なほどの喜びが感じられる。

歌舞伎の演目には、役者が植木屋の役で登場するものがあるという。
浮世絵では威勢のよい姿はいいのだが、「コワモテ」な様子(足を広げ、無精ひげや伸ばしっぱなしのサカヤキなど)に描かれることが多いという。
おもわず、小田さんと顔を見合わせてしまった。
小田さん:(展覧会を開くことの意味)
「広島で念願の自分のショップを開いて、『やりたい放題やろう』ということで、東京でも展覧会を開きました。これが、想像以上に反響があって、すぐに二回目をやることにもなりました。外に出ることで、業界以外のいろいろな人たちとのつながりができたんです。今も東京下町の神社で行われる縁日に出店しないかという声がかかっていて、『叢』らしい売り方で出るのも面白いかなと思っています」
今は、鉢を部屋の中で飾ることも多いが、以前は一般的ではなかった。
来客をもてなすために室内で台の上に飾られた絵もあるが、庭の外に置き場をつくり縁側から見る、あるいは縁側に置いて室内から見るという絵が多い。
日よけや雨除けをつけられた鉢棚は2段ほどの棚がつけてあり狭いスペースでもたくさんの鉢を置けるように工夫されている。
促成栽培や寒さよけの温室施設である「ムロ」もあった。
江戸の建物は平屋がほとんどだが、大きな店舗や遊廓には二階があった。
その二階の渡り廊下の外側に植物を置く場所をつくる例も見られ、現在のベランダ園芸と同じことが行われていたようだ。
植木鉢の歴史はとても古い。
日本でも古くから使われてきたが、鉢植の需要は極めて限定的で、使用される植木鉢のほとんどが舶来品か木製であったと考えられている。
鉢植が広まるのは江戸時代中期で、別な用途の器に底穴を開けて利用する「転用植木鉢」と最初から植物を植えるためにつくられる「商品植木鉢」がある。
初期には転用鉢が多かったが19世紀に入ると、全国各地の大生産地で焼かれた染付の磁器が数多く流通する。
やきものの植木鉢が江戸中期以前にみられないのは、技術的な問題ではなく、需要がなかったためだ。
19世紀には、瓦質で素焼きの土器から高級な飾りや染付の磁器にいたるまであらゆる種類の植木鉢が使われるようになった。
江戸時代の植木鉢は、鉢の上部の縁が反り返るように外に張り出す「縁付き」が特徴だ。
手をかけて育てた植物や貴重な希少品種を格式あるデザインの鉢に入れることで植物と鉢が一体となった「鉢植」としての価値を高める働きをしていった。
幕末期に来日した外国人の評価も高く、日本から持ち出されるものも少なくなかったようだ。

小田さんは植物を独自の視点で選び、その植物の個性をいかすために器合わせにもこだわる。
植物に合わせて器を選び、植物と鉢が一体となった鉢植の価値を提案している。
大量生産品も普通に使っているが、陶芸家に鉢をつくってもらうこともある。
陶芸家とコラボレーションすることで、僕らの分野とは違う人達との接点ができるのが面白いのだという。
江戸は参勤交代などで全国各地から人が集まる場所だけに、軽くて美しい土産物としての需要も大きなものがあった。
また鑑賞のためではなく「使う」ための浮世絵も数多くつくられていたという。
「判じ物」と呼ばれるクイズになったものや、女性や子どもが絵や文字を読んで遊びながら学べる「おもちゃ絵」が代表的なもので、なかでも「物尽しおもちゃ絵」が多かった。
展示では鉢植や箱庭、作庭要素を集めた物が見られる。
植物を描くパターンが一覧できるため、浮世絵の中に描かれた植物を特定するのに役立つ資料にもなっているそうだ。
「奇品」は享保期に始まり、江戸後期にかけて発展し、幕末の混乱の中で希少な植物とともに消滅してしまった日本独特の園芸文化だという。
花や実、栽培年数などではなく、葉の変化のみに注目し、植木鉢と一体となって味わうという非常に特異な特徴がある。
主に葉の斑入りや形態の突然変異を鑑賞した。
奇品の総数は数千から一万種類もあったという。
面白いのは、さまざまな品種を扱っているにもかかわらず、野生種の突然変異や栽培品のなかから見つけ出された変わりものだけを大切にし、人工的な品種改良を好まなかった。
奇品家は身分や職業に関係ない少人数の「連」で活動していたが、「連」どうしのネットワークは活発だったという。
展示では、奇品の図鑑や栽培・繁殖の方法を図解した園芸書や当時の薬用植物の専門家である本草家の書いた園芸書などが見られる。
春咲きの花をお正月に見るために鉢物や切花の促成栽培するための指導書もある。
その他、次のようなものも見ることができる。
・朝顔の支柱のデザインいろいろ
・鉢植に「わら囲い」をする
・鉢植にひしゃくで水やりをする
・植物ラベル、名前付け
・糸を使うマツの枝作り
・運搬用の四つ出の台を組んで棚をつくる
小田さん:(変化を好む日本の園芸文化について)
「最初のほうの展示では、ウメとかサクラとか自然そのままの姿を楽しむものだったけど、園芸が普及していくと、奇品や変化朝顔などが出てきますね。だんだんとレアなものやモンスターを愛するようになっていくようすがわかります。変わったものを持つことがステータスになっていたと思います。今の時代も、同じような価値観が受け継がれているところがあります。日本は鎖国によって外国の植物がほとんど入ってきてなかったと思うんですね。たとえばイギリスとかなら、これはインド、これは中国から来たものですっていうことがステータスになっていた。だけど日本は外からは入ってこないから、日本にあるものでやるしかない。普通にあるものではステータスにはならないから、モンスターをつくりあげて、朝顔だったら変化させて、この朝顔はここにしかないというふうにしていったんでしょう。だから日本の園芸は突然変異を愛でるというのが強いですね。」
小田さんの扱っている植物の鉢植は、一つ一つ個性を大事にした一点物が中心だが、考え方は、斑入りや突然変異ばかりにこだわる収集家とは基本的に異なっている。
むしろ、普通の植物が与えられた環境に適応し、時間を掛けて刻まれていく植物の表情を大事にする姿勢は江戸の「奇品家」の考え方に、どこか通じているような気がする。

小田さん:(植物の可能性について)
「今は、庭造りやインドアの植物装飾をする仕事も増えていて、サボテンや多肉植物だけしか扱わないというわけではありません。いろいろな植物の魅力をより多くの人に伝えていきたいと考えています。植物は進化の過程で動物のように動くことを選ばなかったかわりに、自らの形態を環境に合わせて無限に変化させる能力を持っています。個性がないように思われがちですが、動かないからこそ時間や環境によって個性が強く出てくる。一方で、植物には時間軸の長さが面白く、可能性がある。もちろん、『枯れる・捨てる』っていう世界ではあるんですが、植物のよさっていうのは、過去もあるし、現在もあるし、未来もあるんですよね。変化していく。このやっぱり時間軸がちょっと一時的なものじゃないよさっていうのがあるじゃないですか。美術品にはない現在からの見えない変化が最も植物の魅力だと思うんです」
江戸時代の奇品家は、詩歌、書画、学問にすぐれた文人であり、高い栽培技術を持ちながら、育てた植物を売買しなかった。
奇品の多くは、ネットワークのなかで閉じていた。サボテンや多肉植物の世界も市場流通しない独特な世界だが、小田さんは植物屋として外に開いている。
園芸家、小説家、雑誌編集者といった人たちとのコラボレーションは、新しいつながりをつくってくれるという。
小田さん:(メディアを使って発信する目的とは)
「展示にあるように、江戸時代に、これほど本格的な園芸書があって版を重ねていたということは、園芸愛好家、関心を持つ人達の数も多かったのだろうと思います。園芸業界を内側から見たときに、たとえばファッション、飲食とか、建築とか美術とかすごい華々しいんですよ。それが園芸業界っていうとなにかまだ地味だな、とか、もっと発展できないかなとか、まだ伸びしろがあるんじゃないかなって思っていたんですね。なので、たとえば有名な写真家に撮ってもらえれば、『あの写真家が、なんでわざわざ植物撮るの?サボテン撮るの?もしかしたらこの植物はすごいおもしろいんじゃないか』というように、植物の価値がちょっと上がるんじゃないかって思うんです」

本博物館の主題である「たばこ」と「塩」は、両方ともに人間の生活に欠かせないものを扱っていることに改めて気づかされた。
それぞれ常設の展示室があるから、ぜひ、そちらも見て帰るといいと思う。原始地球の最初の生物が誕生したのは海の中だった。
その進化の過程で、陸に上がる際に「海を体内に取り込んだ」という。
その結果、生きるためには、常に「塩」を摂る必要がある。
一方で、「たばこ」は、いわゆる嗜好品であるにもかかわらず、人類は太古から現在に至るまで手放すことなく暮らしてきた。
そればかりではなく、さまざまな道具を発明して楽しんできた。
この価値観が「草花と人間の関係」と一致している。
そもそも、たばこは人類が発明した草花の利用方法のひとつなのだ。
今回の取材では、特別展の企画を担当された学芸員、湯浅淑子さんと西田亜未さんに展示を見ながらレクチャーをしていただいた。
得難い機会をいただき、ほんとうにありがとうございました。
植物好き、花好き、園芸好きという人のみならず、お仕事にされている方も「江戸の園芸熱—浮世絵に見る庶民の草花愛」に、ぜひ行ってみてください。
撮影/岡本譲治(鑑賞風景のみ)

レポートした人
松山 誠 makoto matsuyama(写真右)
「園藝探偵」。花業界の生きた歴史を調査する花のクロノジストとして活動中。

※「園芸探偵」(誠文堂新光社刊・非売品)は在庫ありません。
江戸の園芸熱 – 浮世絵に見る庶民の草花愛 –
会期:前期 2019年1月31日(木)〜2月17日(日)
後期 2019年2月19日(火)〜3月10日(日)
主催:たばこと塩の博物館
会場:たばこと塩の博物館 2階特別展示室
住所:東京都墨田区横川1-16-3 (東京スカイツリー駅から徒歩8分)
入館料:大人・中学生:100円 満65歳以上の方50円(要証明書)
小・中・高校生:50円
開館時間:午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで)
休館日:月曜日(ただし2月11日は開館)、2月12日
展示関連イベント
【展示関連講演会】
2019年2月24日(日)
「江戸歌舞伎と園芸 ー舞台を彩る植物ー」
講師:石橋健一郎(国立劇場 主席芸能調査役)
2019年3月3日(日)
「江戸の園芸ブーム ー技術と情報でたどる園芸文化ー」
講師:平野恵(台東区立中央図書館 郷土・資料調査室専門員)
問い合わせ
たばこと塩の博物館
東京都墨田区横川 1-16-3
03-3622-8801(代表)
https://www.jti.co.jp/Culture/museum/
江戸の園芸熱
—浮世絵に見る庶民の草花愛ー
植物生活編集部では、「花き園芸の観点から展示を見てどのように楽しめるか?」をテーマに、
『園芸探偵』として、ライター・花のクロノジストとして活動している松山誠さんがレポートします。
「江戸の園芸熱 —浮世絵に見る庶民の草花愛」を見てきた。
江戸に暮らす、ごく普通の人々が草花を身近に楽しむようすを描いた前後期あわせて200点以上の浮世絵や資料から、当時の「園芸熱」、「草花愛」の実際を紹介している。
展示の中心が「鉢植」であることも面白い。
今回ゲストにお迎えしたのは、独自の視点で植物の新しい魅力を提案する「叢」店主、小田康平さん。
小田康平 (おだこうへい)
叢 Qusamura
1976年、広島生まれ。世界中を旅する暮らしをしていた20代の頃、旅先で訪れたパリで、フラワーアーティストがセレクトショップの空間演出を手掛ける様子に感動。帰国後、生花と観葉植物による空間デザインに取り組むようになる。数年がたち、画一的な花や植物での表現に限界を感じ始めていた頃、ある世界的アートコレクターと出会い、納品後に傷ついた植物を見て発した彼の一言、「闘う植物は美しい」に衝撃を受ける。以来、植物選びの基準を、整った美しさから、『いい顔』をしているかどうかに変える。独自の視点で植物を捉え、美しさを見出した一点物の植物を扱うことを決心し、2012年、独自の美しさを提案する植物屋「 叢 - Qusamura 」をオープンした。
http://qusamura.com/
小田さんは月刊フローリストにて「叢のものさし」を連載している。
初対面だが、植物を実際に扱う立場から、小田さんが何をどう見るのか。
展示をどう読むか。「鉢植」に注目!
江戸の園芸をテーマにした浮世絵を見に行くのは久しぶりだ。しかし、振り返ってみると、過去に、たくさんの絵を見てきたなあと思う。主なものをあげると、
1. 太田記念美術館「江戸園芸花尽し」(2009)
2. さいたま市大宮盆栽美術館「ウキヨエ盆栽園」(2012)
3. 江戸東京博物館「花開く江戸の園芸」(2013)
4. さいたま市大宮盆栽美術館「三代目尾上菊五郎改メ、植木屋松五郎!? -千両役者は盆栽狂」(2017)
などだ。
「たば塩」は隅田川の東、墨東地区にある
「たば塩」の愛称を持つ「たばこと塩の博物館」は東京スカイツリーの近く、墨東地区にある。最寄り駅は3つあるが、いずれからも10分ほど歩く。
ただ歩道は広く来方によっては運河に沿った公園もあり、散歩にはちょうどいい距離。
もともと倉庫だった建物を改装したという博物館に入って、まず、入館料が大人100円(税込み)というのに驚かされる。
特別展でも同じだ。
これなら何度でも見に行ける気がしてくる。
植物屋「叢」店主、小田康平さんは、広島を拠点に全国で活動しているのだが、ちょうど関東方面の仕入れでこちらに来ていて、植物を積んだクルマで博物館に現れた。さっそく見ていこう。
展示会場は「花見から鉢植へ」「身の回りの園芸」「見に行く花々(花のテーマパーク)」「役者と園芸」という4つのテーマで展示が分けられている。
浅草奥山四季花園真景其二(三代歌川豊国)を見る
鉢植は、どこでどのように売られていたか
「鉢植の委託販売」に関係あるらしい絵が「桜川お仙」。茶屋の入り口に女性が腰掛けてきせるを取り出し、一服している。
昔はたばこを吸うのにライターなどないので、茶屋では、たばこ盆を用意して客がすぐに火をつけられるようにしていたという。
その休憩中の女性のそばにウメの鉢植がある。
この店では、季節の鉢を飾ると同時に、欲しい客には販売をすることもあったという。
桜川お仙 鳥居清長 個人蔵 ※禁転載
植木屋の多くは郊外にあったため、鉢植の植物は、縁日や繁華街など人通りがあるにぎやかな場所に棚を広げ、露店で販売された。
路上で売り歩く「振売り」もあった。
「植木売りと役者」(歌川国房)、江戸後期の文化(1804 - 08)頃は、落ち着いた感じの美しい作品(「たばこと塩の博物館」所蔵)。
植木屋の台の上には、サボテンやマツ、オモト、ソテツ、ツバキやウメなどの鉢植が見える。
足元には「根巻き」の植木などが置かれている。
現在の花屋でも棚の高い位置には貴重で高価なものが載せられ、下のほうにポット苗など比較的安価な商品が並べられるのと似ている。
「植木売りと役者」(歌川国房)を見ながら語る
小田さん:(鉢植の種類と見せ方)
「棚の上段にサボテンがあります。ウチワサボテンですね。日本に入ってきたのはかなり古くて少なくとも300年以上の歴史はあると思います。日本でいちばん古いサボテンと言われているものが静岡にあるそうです(※静岡市の龍華寺か)。サボテンはソテツなどとともに棚の一番上にあるので希少性のある植物として大切にされていたのかもしれませんね」
縁日と展覧会 店舗以外の場所に出向いて売る
展示されているほとんどすべての絵に鉢植えが載っているが、いずれも決まったように一点ずつ置かれ、隣り合うものの姿かたちが互いを引き立てるように描かれている。売る側としては、足を止めさせ、一つ一つをよく注意して見させるようにしているのかもしれない。
浮世絵には、賑やかな声が聞こえてきそうな祭りの風景やお正月のようす、鉢植を見ながら、うれしそうにしている人たちがたくさん写されている。
新しい年の縁起かつぎ、折々の季節を味わい楽しむために草花を買う。
今のように、ラッピングも手提げ袋もない。
日中の暑さもやわらぐ夏の宵、ろうそくの明かりに灯された露店で買い求めたお気に入りの鉢植を捧げ持って帰る人々の様子など、あまりにもまっすぐで無邪気なほどの喜びが感じられる。
歌舞伎の演目には、役者が植木屋の役で登場するものがあるという。
浮世絵では威勢のよい姿はいいのだが、「コワモテ」な様子(足を広げ、無精ひげや伸ばしっぱなしのサカヤキなど)に描かれることが多いという。
おもわず、小田さんと顔を見合わせてしまった。
五代目松本幸四郎の福寿草売り 歌川国貞(三代歌川豊国)個人蔵 ※禁転載
小田さん:(展覧会を開くことの意味)
「広島で念願の自分のショップを開いて、『やりたい放題やろう』ということで、東京でも展覧会を開きました。これが、想像以上に反響があって、すぐに二回目をやることにもなりました。外に出ることで、業界以外のいろいろな人たちとのつながりができたんです。今も東京下町の神社で行われる縁日に出店しないかという声がかかっていて、『叢』らしい売り方で出るのも面白いかなと思っています」
梅幸住居雪の景 歌川国貞(三代歌川豊国)個人蔵 ※禁転載
鉢植はどこに置かれていたか
今は、鉢を部屋の中で飾ることも多いが、以前は一般的ではなかった。来客をもてなすために室内で台の上に飾られた絵もあるが、庭の外に置き場をつくり縁側から見る、あるいは縁側に置いて室内から見るという絵が多い。
日よけや雨除けをつけられた鉢棚は2段ほどの棚がつけてあり狭いスペースでもたくさんの鉢を置けるように工夫されている。
促成栽培や寒さよけの温室施設である「ムロ」もあった。
江戸の建物は平屋がほとんどだが、大きな店舗や遊廓には二階があった。
その二階の渡り廊下の外側に植物を置く場所をつくる例も見られ、現在のベランダ園芸と同じことが行われていたようだ。
十二ヶ月之内如月岡本楼重り枝座敷之図 二代歌川国貞 個人蔵

芸術品のような器と植物を「鉢合わせ」する面白さ
植木鉢の歴史はとても古い。日本でも古くから使われてきたが、鉢植の需要は極めて限定的で、使用される植木鉢のほとんどが舶来品か木製であったと考えられている。
鉢植が広まるのは江戸時代中期で、別な用途の器に底穴を開けて利用する「転用植木鉢」と最初から植物を植えるためにつくられる「商品植木鉢」がある。
初期には転用鉢が多かったが19世紀に入ると、全国各地の大生産地で焼かれた染付の磁器が数多く流通する。
やきものの植木鉢が江戸中期以前にみられないのは、技術的な問題ではなく、需要がなかったためだ。
19世紀には、瓦質で素焼きの土器から高級な飾りや染付の磁器にいたるまであらゆる種類の植木鉢が使われるようになった。
江戸時代の植木鉢は、鉢の上部の縁が反り返るように外に張り出す「縁付き」が特徴だ。
手をかけて育てた植物や貴重な希少品種を格式あるデザインの鉢に入れることで植物と鉢が一体となった「鉢植」としての価値を高める働きをしていった。
幕末期に来日した外国人の評価も高く、日本から持ち出されるものも少なくなかったようだ。
小田さんは植物を独自の視点で選び、その植物の個性をいかすために器合わせにもこだわる。
植物に合わせて器を選び、植物と鉢が一体となった鉢植の価値を提案している。
大量生産品も普通に使っているが、陶芸家に鉢をつくってもらうこともある。
陶芸家とコラボレーションすることで、僕らの分野とは違う人達との接点ができるのが面白いのだという。
小さな図鑑「おもちゃ絵」
浮世絵は、現在の雑誌や写真誌のような役割も持っていて、絵草紙屋というショップで扱われていた。江戸は参勤交代などで全国各地から人が集まる場所だけに、軽くて美しい土産物としての需要も大きなものがあった。
また鑑賞のためではなく「使う」ための浮世絵も数多くつくられていたという。
「判じ物」と呼ばれるクイズになったものや、女性や子どもが絵や文字を読んで遊びながら学べる「おもちゃ絵」が代表的なもので、なかでも「物尽しおもちゃ絵」が多かった。
展示では鉢植や箱庭、作庭要素を集めた物が見られる。
植物を描くパターンが一覧できるため、浮世絵の中に描かれた植物を特定するのに役立つ資料にもなっているそうだ。
ミュージアムショップでは、図録とともに、かわいい「おもちゃ絵」のポストカードが販売中!(編集部撮影)
「奇品」の流行、植物バブルの影響、「本草学」
「奇品」は享保期に始まり、江戸後期にかけて発展し、幕末の混乱の中で希少な植物とともに消滅してしまった日本独特の園芸文化だという。花や実、栽培年数などではなく、葉の変化のみに注目し、植木鉢と一体となって味わうという非常に特異な特徴がある。
主に葉の斑入りや形態の突然変異を鑑賞した。
奇品の総数は数千から一万種類もあったという。
面白いのは、さまざまな品種を扱っているにもかかわらず、野生種の突然変異や栽培品のなかから見つけ出された変わりものだけを大切にし、人工的な品種改良を好まなかった。
奇品家は身分や職業に関係ない少人数の「連」で活動していたが、「連」どうしのネットワークは活発だったという。
展示では、奇品の図鑑や栽培・繁殖の方法を図解した園芸書や当時の薬用植物の専門家である本草家の書いた園芸書などが見られる。
春咲きの花をお正月に見るために鉢物や切花の促成栽培するための指導書もある。
その他、次のようなものも見ることができる。
・朝顔の支柱のデザインいろいろ
・鉢植に「わら囲い」をする
・鉢植にひしゃくで水やりをする
・植物ラベル、名前付け
・糸を使うマツの枝作り
・運搬用の四つ出の台を組んで棚をつくる
浮世四十八手夜をふかして朝寝の手 溪斎英泉 個人蔵 ※禁転載
小田さん:(変化を好む日本の園芸文化について)
「最初のほうの展示では、ウメとかサクラとか自然そのままの姿を楽しむものだったけど、園芸が普及していくと、奇品や変化朝顔などが出てきますね。だんだんとレアなものやモンスターを愛するようになっていくようすがわかります。変わったものを持つことがステータスになっていたと思います。今の時代も、同じような価値観が受け継がれているところがあります。日本は鎖国によって外国の植物がほとんど入ってきてなかったと思うんですね。たとえばイギリスとかなら、これはインド、これは中国から来たものですっていうことがステータスになっていた。だけど日本は外からは入ってこないから、日本にあるものでやるしかない。普通にあるものではステータスにはならないから、モンスターをつくりあげて、朝顔だったら変化させて、この朝顔はここにしかないというふうにしていったんでしょう。だから日本の園芸は突然変異を愛でるというのが強いですね。」
小田さんの扱っている植物の鉢植は、一つ一つ個性を大事にした一点物が中心だが、考え方は、斑入りや突然変異ばかりにこだわる収集家とは基本的に異なっている。
むしろ、普通の植物が与えられた環境に適応し、時間を掛けて刻まれていく植物の表情を大事にする姿勢は江戸の「奇品家」の考え方に、どこか通じているような気がする。
小田さん:(植物の可能性について)
「今は、庭造りやインドアの植物装飾をする仕事も増えていて、サボテンや多肉植物だけしか扱わないというわけではありません。いろいろな植物の魅力をより多くの人に伝えていきたいと考えています。植物は進化の過程で動物のように動くことを選ばなかったかわりに、自らの形態を環境に合わせて無限に変化させる能力を持っています。個性がないように思われがちですが、動かないからこそ時間や環境によって個性が強く出てくる。一方で、植物には時間軸の長さが面白く、可能性がある。もちろん、『枯れる・捨てる』っていう世界ではあるんですが、植物のよさっていうのは、過去もあるし、現在もあるし、未来もあるんですよね。変化していく。このやっぱり時間軸がちょっと一時的なものじゃないよさっていうのがあるじゃないですか。美術品にはない現在からの見えない変化が最も植物の魅力だと思うんです」

出版物、メディアと植物の魅力
江戸時代の奇品家は、詩歌、書画、学問にすぐれた文人であり、高い栽培技術を持ちながら、育てた植物を売買しなかった。奇品の多くは、ネットワークのなかで閉じていた。サボテンや多肉植物の世界も市場流通しない独特な世界だが、小田さんは植物屋として外に開いている。
園芸家、小説家、雑誌編集者といった人たちとのコラボレーションは、新しいつながりをつくってくれるという。
小田さん:(メディアを使って発信する目的とは)
「展示にあるように、江戸時代に、これほど本格的な園芸書があって版を重ねていたということは、園芸愛好家、関心を持つ人達の数も多かったのだろうと思います。園芸業界を内側から見たときに、たとえばファッション、飲食とか、建築とか美術とかすごい華々しいんですよ。それが園芸業界っていうとなにかまだ地味だな、とか、もっと発展できないかなとか、まだ伸びしろがあるんじゃないかなって思っていたんですね。なので、たとえば有名な写真家に撮ってもらえれば、『あの写真家が、なんでわざわざ植物撮るの?サボテン撮るの?もしかしたらこの植物はすごいおもしろいんじゃないか』というように、植物の価値がちょっと上がるんじゃないかって思うんです」
本博物館の主題である「たばこ」と「塩」は、両方ともに人間の生活に欠かせないものを扱っていることに改めて気づかされた。
それぞれ常設の展示室があるから、ぜひ、そちらも見て帰るといいと思う。原始地球の最初の生物が誕生したのは海の中だった。
その進化の過程で、陸に上がる際に「海を体内に取り込んだ」という。
その結果、生きるためには、常に「塩」を摂る必要がある。
一方で、「たばこ」は、いわゆる嗜好品であるにもかかわらず、人類は太古から現在に至るまで手放すことなく暮らしてきた。
そればかりではなく、さまざまな道具を発明して楽しんできた。
この価値観が「草花と人間の関係」と一致している。
そもそも、たばこは人類が発明した草花の利用方法のひとつなのだ。
今回の取材では、特別展の企画を担当された学芸員、湯浅淑子さんと西田亜未さんに展示を見ながらレクチャーをしていただいた。
得難い機会をいただき、ほんとうにありがとうございました。
植物好き、花好き、園芸好きという人のみならず、お仕事にされている方も「江戸の園芸熱—浮世絵に見る庶民の草花愛」に、ぜひ行ってみてください。
撮影/岡本譲治(鑑賞風景のみ)
レポートした人
松山 誠 makoto matsuyama(写真右)
「園藝探偵」。花業界の生きた歴史を調査する花のクロノジストとして活動中。
※「園芸探偵」(誠文堂新光社刊・非売品)は在庫ありません。
展覧会情報
江戸の園芸熱 – 浮世絵に見る庶民の草花愛 – 会期:前期 2019年1月31日(木)〜2月17日(日)
後期 2019年2月19日(火)〜3月10日(日)
主催:たばこと塩の博物館
会場:たばこと塩の博物館 2階特別展示室
住所:東京都墨田区横川1-16-3 (東京スカイツリー駅から徒歩8分)
入館料:大人・中学生:100円 満65歳以上の方50円(要証明書)
小・中・高校生:50円
開館時間:午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで)
休館日:月曜日(ただし2月11日は開館)、2月12日
展示関連イベント
【展示関連講演会】
2019年2月24日(日)
「江戸歌舞伎と園芸 ー舞台を彩る植物ー」
講師:石橋健一郎(国立劇場 主席芸能調査役)
2019年3月3日(日)
「江戸の園芸ブーム ー技術と情報でたどる園芸文化ー」
講師:平野恵(台東区立中央図書館 郷土・資料調査室専門員)
問い合わせ
たばこと塩の博物館
東京都墨田区横川 1-16-3
03-3622-8801(代表)
https://www.jti.co.jp/Culture/museum/
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この記事のライター
植物生活編集部
「植物生活」とは花や植物を中心とした情報をお届けするメディアです。 「NOTHING BUT FLOWERS」をコンセプトに専門的な花や植物の育てかた、飾り方、フラワーアート情報、園芸情報、アレンジメント、おすすめ花屋さん情報などを発信します。